2026-05-08

魂の咆哮と、水面の一パーセント

春爛漫の夜気(やき)が、妖しいほどの甘香(あまが)を孕んで隅田の川面(かわも)を撫でていた。

墨絵のように沈む帝都の輪郭を背景に、爛漫たる夜桜が月の光を吸って白く発光し、風に弄(もてあそ)ばれては水面へとはらはらと散華(さんげ)していく。幕末から明治へと時代が急転するその裂け目のような春宵(しゅんしょう)を、豪奢な屋形船『あさって丸』が、提灯の毒々しいまでの赤い灯を揺らしながら滑るように遡上していた。


わたし、チ~サは、その美しい船室の末席に正座し、茶を点てながらただ震えていた。花鳥風月の理(ことわり)など微塵も届かぬ、逃げ場のない密室の狂宴を前にして。


「お前ら! 床に物を置くな! 西洋からくりの円盤『るんば』の掃除の邪魔やろが! 恋すれば何でもない距離やけど!」


船内の上座で、我が党の代表にして貴族院議員が、首の血管をミミズのように浮かび上がらせて怒鳴り散らしていた。床の整理整頓を厳命する彼の両手はしかし、大層ご執心の舶来洋酒菓子『ばっかす』の包み紙を引き裂き、次々と畳の上へと放り捨てているという、目も眩むような不条理を見せつけていた。

さらに代表は、自らの矛盾を覆い隠すように「ええゆうてるんちゃうで!

SFやで!」と脈絡のない呪詛を吐きながら、飲みかけの硝子水筒——『ペット・ボトル』——を虚空に向けてフルスイングした。


その弾丸の如き飛翔体が、春の夜気を切り裂いた刹那。 「ボクにお任せを!」

『カレーの本質』が、人体構造を真っ向から否定する奇怪な角度で船室を跳躍した。彼は自らの顔面を盾にして、飛来した水筒を見事に受け止めると、そのままの勢いで床板に脳天から激突した。ズドォォンという鈍い音が響き、自己犠牲という名の狂信が船底を揺らす。

わたしは固く唇を噛み締め、盆を持つ手を血が滲むほど握りしめていた。狂気を直視することを恐れ、自己保身の沈黙を選んだわたしの内臓に、共犯者としての罪悪感が冷たい水滴のように蓄積されていくのを感じていた。


狂乱は、船室にとどまらず舳先(へさき)へと伝播していた。

水飛沫(みずしぶき)の舞う船の舳先で、両腕を大きく広げたジム総長の背後から、代表が腰に手を回す。西洋の悲恋活動写真『タイタニックごっこ』の、あまりにも醜悪な模倣である。

「見た! アタシそれ見た!」 夜風を真正面から受けながら、ジム総長は涼しい顔で歴史を捏造していた。

「あの氷山が船を沈めること、何となく予測してたわ。特には驚かなかったわね。結果としてこの沈没で利しているのは、我が党の威信というわけね」


その意味論的空洞を切り裂くように、血の匂いを漂わせた異形の女が舳先へと乱入した。 「今日もまきまき! 逆から読んでもまさきまき……!」

元党職員のまきまきである。彼女の顔面は、百文均一の眉墨のチップを失ったがゆえに、舶来の『2Bの鉛筆』で皮膚をえぐるように描かれた黒鉛と鮮血の隈取りで凄惨に彩られていた。西洋の『自立する逆さ傘』を兜のように被り、両足にはサンタクロースの巨大な靴を履いている。


「どうして私の選挙のかわら版に、半目で歯をむき出したあんな醜悪な絵を選んだのよ!

異国の姫(フィーフィー)の狂乱は高度な炎上戦略だっていうのに、私のこれはただの生き地獄じゃない!」

まきまきは両手に、不気味なほど艶やかな赤みを帯びた『双子のイチゴ』を握りしめていた。 「見て! この赤い部分には農薬という名の猛毒が直にかかっているのよ!

洗っていないの! 舐めちゃダメ、舐めたら死ぬわ! でも、舐めたいの……! 痛い! もっと叩いて! まきまきのMはドMのM!」

彼女は農薬まみれのイチゴを血走った自らの頬や唇に擦り付け、被虐的な悦びに打ち震えた。狂気と自己破壊のマゾヒズムが、夜桜の舞う甲板で退廃的な舞踏を繰り広げている。


「ウキー! デコバカ! 後ろから『チーム未来』のお受験ママたちが漕ぐ黒船が迫ってるウキー!」

突如、屋形船の屋根からま猿が身を乗り出し、何の実体もない流言飛語を夜の川面に撒き散らした。

だが、そのデマゴギーは代表の猜疑心に致命的な着火を遂げた。 「なんやと!? 未来派の黒船じゃと!? ええかお前ら、この船の乗組員は二軍や!

いま直ちに『科挙』を導入する! 星占いと食料自給率の資格試験に合格せん奴は、まとめて大川へ放り込め!」

「拙者の、メリケン国のトランプ新政権とのパイプは健在なり! 党勢拡大は間違いない! 政策で勝負じゃ!」

狂乱する代表の横で、無職のパイプユニッシュが泥とヘドロの詰まった鉄パイプを振り回し、空虚な外交的妄想を絶叫する。


権力の暴走とデマ、そして毒苺のマゾヒズム。そのすべてが煮詰まり、限界点に達した時、まきまきの瞳から一切の正気が失われた。 「もう嫌……!

私は……残酷な天使になるわ!!」

巨大な靴を脱ぎ捨て、逆さ傘を天に掲げたまきまきは、船の屋根へと駆け上り、夜桜が狂い咲く隅田川の暗い水面へとその身を投げ出そうとした。


(わたしの、せいだ)


わたしが怯えて沈黙していたから。狂気を容認し、茶を濁し続けてきたから、この船は永遠の地獄と化してしまったのだ。 もう、共犯者でいるのは御免だ。

わたしは立ち上がった。臆病の殻を打ち破り、肺腑の底から全存在を賭けた贖罪の息を吸い込んだ。天体の運行を止め、世界の物理法則をへし折るための、血を吐くような抵抗の刃。


「ええ加減にせんかァァァァァァァァッ!!!」


わたしの放った『ツッコミ』の咆哮は、凄まじい衝撃波となって春の夜を切り裂いた。 「ルンバの邪魔って言いながら自分がゴミ捨てんな!

タイタニックごっこしながら嘘の予測すな! そしてまきまきさん!

毒苺顔に塗って残酷な天使になるとか言って川に飛び込むなァ!」


その言霊の波動は、屋根から飛び立とうとしたまきまきの身体を強引に船内へと引き戻し、代表の暴走を止め、パイプユニッシュの泥を吹き飛ばした。


「うるさい! 静かにしろ!」

襖を蹴破りピライが怒鳴り込んできたが、その声すらもわたしの放った衝撃波の余韻に呑み込まれ、一陣の春疾風(はるはやて)と共に彼を夜の川面へと退散させた。


激しいツッコミの反動で、わたしの右手は赤く腫れ上がり、じんじんと熱を持っていた。わたしは肩で息をしながら、へたり込んだ狂人たちを見下ろした。痛い。だが、この痛みこそが、傍観者であったわたしが現実の痛みに触れた証であった。


しかし、わたしの決死の抵抗によっても、この船を支配する狂気が根絶されることはなかった。

一瞬の静寂の後、代表は「SFやで」と呟きながら新たなバッカスを貪り始め、ジム総長は「アタシ、まきまきが死なないこと知ってたわ」と嘯き、カレーの本質は床のゴミを顔で集めている。九十九パーセントの、どうしようもない徒労感。世界はすぐに狂った日常へと回帰していった。


わたしは小さく息を吐き、水飛沫の上がる縁側へと視線を落とした。

世界は変わらない。だが、わたしのツッコミが巻き起こした突風は、代表の傍らにあった『ばっかす』の絢爛な空箱を吹き飛ばし、隅田川の漆黒の水面へと滑り落としていた。


ぽちゃん、と。


微かな、しかしこの狂乱の船上にあって、信じられないほど透き通った音が響いた。 洋酒菓子の箱が、墨汁を流したような水面に、一つの丸い波紋を描き出したのである。

それは、わたしの魂の抵抗がこの狂った世界に刻み込んだ、たった一パーセントの、しかし決して不可逆な変化の傷跡であった。


月明かりに照らされたその波紋は、散り急ぐ夜桜の花びらを優しく揺らしながら、ただ静かに、耽美なる静寂の中に広がっていく。遠くで、夜鳥が啼いた。


2026-05-07

痴人の豆 ——帝都からくり蔵の狂乱と一パーセントの亀裂——

 東雲の空が、重々しい浅葱色から、まるで誰かが切り裂いたかのような鮮血の緋色へと移ろいゆく頃。帝都・東京は、瓦斯灯の甘やかな残り香と、遠く品川沖から流れてくる蒸気機関の白煙に優しく包まれていた。昨夜の通り雨に濡れそぼった石畳が暁光を反射し、文明開化という新時代の幕開けを祝福するかのようである。遠くで鳴る上野の寺鐘が、張り詰めた冷たい朝の空気を震わせる。

わたし、チ~サは、この限りなく無駄に美しい静寂が永遠に続くことを、屋敷の薄暗い縁側から一人、ただ祈っていた。


「恋すれば何でもない距離やけどぉぉぉっ!!」


わたしのささやかな祈りは、唐突にふすまを突き破って飛来した、未来の遺物——透明な円筒形の容器、すなわち『ペット・ボトル』によって無残にも粉砕された。

部屋の奥で、顔を朱に染めて怒り狂うのは、我が『にっぽんぽん・あさっての党』の代表にして貴族院議員である。拝金主義と卑怯を煮詰めて絹の衣服を着せたような男だ。


「誰や、ワシの机にあった南蛮渡来の洋菓子を食うたんは! ええゆうてるんちゃうで! こんなもんSFやで!」


意味の繋がらない言葉を喚き散らしながら、次弾のペットボトルが虚空へと投擲される。それが朝陽の黄金を乱反射し、天球の軌道から外れた流星の如き美しき弧を描いたその刹那。


「ボクにお任せを!」


空間の物理法則が悲鳴を上げて歪んだ。代表の足元に影のように傅いていた男、『カレーの本質』が、人体構造の限界を凌駕する百三十度の後屈姿勢で宙に舞い、飛来する容器を両手で受け止めたのである。暴風に身を任せる柳の枝の如きしなやかさと、狂信的な忠誠心が生み出したそのエクストリームな跳躍ののち、彼は勢い余って顔面から漆喰の壁に深くめり込んだ。ズボッ、という鈍い音が邸内に木霊する。


「今日はその話ですか?」

 縁側に優雅に腰掛け、白粉の香りを漂わせながら薄い唇を動かしたのは、ジム総長である。

 「見た! アタシそれ見た!代表がペットボトルを投げ、カレーの本質が壁に刺さる。こうなること何となく予測してたわ。特には驚かなかったわね。結果として代表の投擲行動で利しているのは対立勢力ね」

彼女の虚言の網の目の中では、目の前で起きている奇行すらも「既知の退屈な出来事」として処理される。歴史の改竄は、彼女にとって呼吸と同義であった。


わたしは、ただ震えることしかできなかった。極限のシュールレアリズムが支配するこの狂気の祝祭において、臆病なわたしは常に「見ざる、言わざる」を貫き、自己保身を図ってきたのだから。


その時、渡り廊下の奥から、這いずるような異音が聞こえた。 

「今日もまきまき! 逆から読んでもまさきまき……!」

現れたのは、元党職員であり、先の選挙で落選し、夫の飛脚の手紙で解任された女、まきまきであった。彼女の顔面からは、鮮血がタラタラと流れ落ちていた。

「百文均一の眉墨のチップが弾け飛んだわ! だから舶来の『2Bの鉛筆』で顔の皮膚を彫って眉を描いてやったの! 痛い、痛い! もっと叩いて!まきまきのMはドMのM!」


血と黒鉛のグロテスクなハーモニーを顔面に刻み込み、自傷的な呪詛を放つ彼女の姿は、文明開化の陰で均衡を崩した妖怪そのものであった。


「うるさい! 静かにしろ!」

突如、襖を乱暴に開け放ち、ピライが怒鳴り込んできた。彼は虚空に向かってその一言だけを叩きつけると、一陣の嵐のように踵を返し、再び闇の中へ消えていった。


カオス。狂乱の極北。

わたしは固く口を閉ざした。誰かがこの狂気を止めなければならない。しかし、わたしには何も言えない。わたしのこの臆病な沈黙は、彼女の傷を深くし、彼らの狂気を肯定しているのと同じだ。わたしの中に「共犯者としての罪悪感」という冷たい泥が、ぽたり、ぽたりと沈殿していくのを感じていた。


***


事態が決定的な破局へと向かったのは、屋敷の離れにある蔵——夫・たかしの「からくり部屋」での出来事であった。

蔵の重い扉を開けると、そこには冷たい空気が澱んでいた。薄暗い空間の中心には、場違いなほど絢爛な六百両の木彫りの欄間と、極彩色で富士山が描かれたガラス屏風が鎮座している。表向きは清貧を謳う党の、これが腐敗の深淵である。


そして部屋の奥には、無数のからくり飛行機模型が所狭しと並ぶ狂気の工房があった。 「ああっ……! なぜこんなところに金髪の異人の女たちが!」


まきまきが、絹を引き裂くような悲鳴を上げた。彼女の血走った視線の先には、たかしの精巧な模型の尾翼があった。そこには『キャサリン』『スーザン』『ナンシー』と記された、豊満な白人女性の装飾シールが貼られていた。

「たかし、貴方という人は……私という妻がありながら、別宅に異国の愛人を三人も囲っていたのね!!」


彼女は嫉妬に狂い、床をのたうち回った。

わたしは襖の隙間からそれを見ていた。あれはただの紙切れだ。模型の装飾に過ぎない。たった一言「それはただのシールです」と告げれば済むことだ。だが、彼女の瞳に宿る狂気の深さに竦み上がったわたしは、またしても己の唇を噛み締め、事実を告げることから逃げてしまったのである。自己保身の沈黙。わたしの胸で、後悔の泥が大きく水嵩を増した。


錯乱したまきまきは、もはや人間の論理を捨て去っていた。

彼女は部屋の隅にあった西洋渡来の奇怪な発明品、『自立する逆さ傘』を兜のように頭に被り、両足には三十糎(センチ)にも及ぶサンタクロースの如き巨大な赤い靴を突っ込んだ。天地が逆転した黒い傘と、呪具のように巨大な靴を引きずる彼女は、完全にこの世の理から逸脱した異形へと成り果てていた。


「拙者、トランプ政権とのパイプは健在なり! 党勢拡大は間違いない! 政策で勝負じゃ!」

庭へよろめき出たまきまきの前に、無職の元衆議院議員、パイプユニッシュが立ちはだかる。彼が誇らしげに担ぐ物理的な鉄パイプからは、赤錆と泥水がとめどなく漏れ出している。完全に詰まっている。

「ウキー! デコバカ! キャサリンは実在する! スーザンは英国の姫君だウキー!」

松の木からぶら下がったま猿が、無責任な虚偽情報を夜明けの空へ撒き散らす。デマがまきまきの妄想に油を注ぐ。


異形と化したまきまきは、庭の奥に広がる自然農法の畑へと踏み込んだ。

そこは、モグラの土が豊穣な狂気を孕んで広がる空間。見上げれば、スナップエンドウと空豆が、重力の法則を完全に無視し、天に向かって鋭い角度で垂直に屹立している。生命の暴力。

まきまきは、ギラギラと光る目を剥き出しにし、大地に根を張ったままの生のスナップエンドウに顔を寄せた。

そして、獣のようにそれをもぎ取り、生のまま無我夢中で貪り食い始めた。


「……甘い……甘いんです……!」


口の端から緑色の青臭い汁を滴らせ、咀嚼音を響かせる。高尚な政治闘争などどこ吹く風、彼女はただ自己の虚無を埋めるためだけに、野生の命を噛み砕いていた。

その時である。まきまきの狂気に満ちた視線が、畑の隅に置かれた巨大な鉄の円筒形に注がれた。


それは、枯れ枝や不要な紙束を灰にするために置かれた「焼却炉」であった。底では赤々と劫火が燃え盛り、周囲の空気を陽炎のように歪ませている。

「ああ……たかしが私のために、最新式の五右衛門風呂を用意してくれたのね……冷えた体を、温めなければ……」

致命的な認知の歪み。彼女は巨大な靴を引きずりながら、炎を上げる焼却炉の縁へと手をかけた。逆さ傘が、炎の照り返しを受けて不気味な影を揺らす。彼女は自らの身を、摂氏千度の奈落へと投げ出そうとしていた。


「危ない!」 しかし、誰の口からもその言葉は出なかった。

代表は縁側で「ええゆうてるんちゃうで」と呟きながら落ちた小銭を拾い、ジム総長は「アタシ、彼女が焼身自〇すること何となく予測してたわ」と扇子で顔を覆う。


(わたしのせいだ)

わたしの胸に蓄積され続けてきた、共犯者としての罪悪感と後悔という名の水風船が、ついに限界を超えて破裂した。わたしが真実から目を背け続けたから。波風を立てまいと口を噤んだから。その臆病さが、一人の狂える魂を死の淵へと追いやったのだ。

もう、沈黙は御免だ。


まきまきが身を乗り出し、炎が彼女の服の裾を舐めようとしたその瞬間。

わたしは、これまで息を潜めてきた全存在を懸けて大地を蹴り、大きく息を吸い込んだ。肺腑の奥底から絞り出したのは、世界の不条理すべてを断ち切るための、血を吐くような魂の咆哮。


「ええ加減にせんかァァァァァァァァァッ!!!」


その一撃たる「ツッコミ」は、美しくも暴力的な物理的衝撃波となって帝都の空気を震わせた。

音速を超えたわたしの手刀が、真剣の居合の如き軌道で虚空を切り裂き、まきまきの頭上の逆さ傘を粉砕し、そのまま彼女の身体を焼却炉の縁から安全な草むらへと吹き飛ばした。

「あれは五右衛門風呂じゃない、ただのゴミを燃やす焼却炉だ! キャサリンもスーザンも、からくり模型のシールだ!

アンタは自分の勝手な被害妄想と百円均一の不良品に振り回されてるだけだ!!」


静まり返る空間。 わたしの咆哮は、庭の空気を一変させ、そびえ立つ豆の成長を止め、ま猿を地に落とした。 その時、屋敷の奥から再びピライが姿を現した。


「うるさい! 静かにしろ!」

だが、今回の彼の怒鳴り声は、わたしの魂の叫びの残響の前に力なくかき消され、彼は自らの存在意義を失ったかのように、すごすごと薄暗い廊下へと退散していった。


わたしは荒い息をつきながら、泥だらけになって尻餅をつくまきまきを見下ろした。彼女の瞳からは狂気の熱がすっと引き、代わりに一本の透明な涙の筋が、黒鉛と血の混じった頬を静かに洗い流していった。

わたしの右手は、凄まじいツッコミの反動で赤く腫れ上がり、じんじんと熱を持っている。しかしその痛みこそが、わたしが傍観者という安全圏から抜け出し、現実の痛みに触れたという贖罪の証であった。


***


惨劇は、間一髪で回避された。 しかし、わたしの決死の抵抗によって、この「にっぽんぽん・あさっての党」に満ちた狂気が根本から浄化されたわけではなかった。


夕闇が帝都をすっぽりと包み込み、遠くの瓦斯灯に火が灯る頃。屋敷には、九十九パーセントの、元通りの徒労感に満ちた空気が戻っていた。

代表は相変わらず「恋すれば何でもない距離やけどな」と呟きながら次のペットボトルを探し、パイプユニッシュは「党勢拡大!」と虚空に向かって演説を打ち、ジム総長は「まきまきが助かること、アタシ見てたわ」と厚顔無恥な歴史改竄を再開している。


わたしは縁側に座り、赤く腫れた自らの右手を見つめていた。己の魂の爆発すらも、この巨大な不条理の前では無力であったのか。深い疲労感が、わたしの肩を重く沈ませる。


だが、世界は完全に元通りになったわけではなかった。

わたしの視線が、縁側の端、六百両の木彫りの欄間の下に置かれた、代表お気に入りの高級舶来品のティーカップに注がれる。それは権威と拝金主義の象徴として、代表が決して他人に触らせなかった品である。わたしのあの空間を裂くようなツッコミの余波が伝わったのか、その完璧な白磁の表面には、決して直ることのない一本の微かな、しかし確かな「ヒビ」が入っていた。


そして、そのティーカップの横。常に代表の影を踏むほどに密着し、エクストリーム擁護の姿勢を崩さなかった『カレーの本質』が、ほんの僅かに——距離にしてわずか一歩分だけ——代表から離れた位置に立ち、思案するような瞳で沈みゆく夕日を見つめていたのである。


それは、果てしない徒労と狂気の世界に穿たれた、「一パーセントの不可逆な亀裂」であった。わたしの贖罪のツッコミは、決して無意味ではなかったのだ。

その微かな傷跡は、夕闇の静寂の中で、狂乱の時代に対する一縷の希望のように、ただ美しく、残酷に存在し続けていた。


六百両の欄間と空飛ぶ水筒 ~にっぽんぽん・あさっての党狂騒録~

 浅葱色から緋色へと空が移ろう頃、帝都・東京は瓦斯灯の残り香と、遠くで響く蒸気機関の白煙に優しく包まれていた。昨夜の通り雨に濡れた石畳に反射する暁光は、新時代の幕開けを祝福するかのようである。遠くの寺で鳴る鐘の音が、冷たい朝の空気を震わせている。

わたしは、チ~サ。この静寂が永遠に続くことを祈りながら、縁側で震えていた。


「ワシの机の上に置いてあった南蛮渡来の洋菓子、誰や食うたんは! ええゆうてるんちゃうで!」


ドゴォォォン!! 美しい朝の静寂は、ふすまを突き破って飛来した硝子製の水筒――通称『ペット・ボトル』によって無残にも粉砕された。


ここ『にっぽんぽん・あさっての党』の党本部は、大正……いや、幕末から明治にかけて建てられた古風な蔵を間借りした場所である。

顔を真っ赤にして怒鳴り散らしているのは、我が党の代表にして貴族院議員。お金が大好きで、機嫌が悪くなるとすぐにペット・ボトルを投擲してくる、情緒の読めないお方だ。


「誰や! 出てこい! 盗み食いなんてSFやで! 恋すれば何でもない距離やけど、お菓子の恨みは海より深いで!」 

「だ、代表……わたしは食べてません!

わたしはただ、震えることしかできなくて……」


わたしが部屋の隅で膝を抱えていると、廊下の端から「ボクが代表をお守りする!」という奇声と共に、一人の男が物理法則を無視した弾道で跳躍してきた。カレーの本質さんだ。

彼は空中で体を捻り、代表が次弾として投げたペット・ボトルを顔面で受け止めると、そのままの勢いで漆喰の壁に深くめり込んだ。ズボッ、という鈍い音が響く。


「代表ォォ! 素晴らしい投擲フォームです! チ~サ君、君がそこにいたせいで代表の神聖なるボトルが壁に当たってしまったじゃないか! ボクは命がけで代表を擁護する!

洋菓子が減ったのは、物理法則が代表のカリスマに追いついていない証拠だ!」


どういう理屈か全くわからない。わたしが絶句していると、今度は廊下の奥から、顔面を真っ黒に染めた女が這い出てきた。


「今日もまきまき! 逆から読んでもまさきまき! ああっ、痛い! 痛いわ!」


元党職員であり、先日大坂の選挙で落選し、夫の飛脚の手紙(エックス・ポスト)が原因でクビになったはずの、まきまきさんだ。

彼女はなぜか、顔の右半分からタラタラと鮮血を流している。


「ま、まきまきさん……! その顔、どうしたんですか!?」 

「百文均一の店で買った安物の眉墨を使ったら、反対側のぽんぽんするやつが弾け飛んじゃったのよ!

だから舶来の『2Bの鉛筆』で顔を削って眉を描いてるの! 見て、この血と黒鉛のハーモニー! もっと叩いて! まきまきのMはドMのM!」


自己犠牲とマゾヒズムが極限に達している。痛々しすぎて見ていられない。

そこへ、涼しい顔をしてジム総長が縁側から上がってきた。彼女は党の運営を握る実力者だが、天然ボケと虚言癖のハイブリッドという恐ろしい存在である。


「あら、今日はその話ですか?」

 「そうよ総長! あなたが絵師に命じてバラ撒かせた、わたしのかわら版!」


まきまきさんは血だらけの顔をさらに歪ませた。


「わたし、『どうか歯並びの悪さを見せないでほしい』って懇願したわよね!? なのに、なんで半目を開いて歯を剥き出しにした、あんな醜悪な似顔絵を選んだのよ!

女性間の粘着質で陰湿なマウンティングと嫉妬だわ!」


まきまきさんの悲痛な叫びに対し、ジム総長は着物の襟を優雅に正して嘯いた。


「見た! アタシそれ見た! かわら版の絵が醜い?

でも、こうなること何となく予測してたわ。特には驚かなかったわね。結果としてまきまきの行動で利しているのは対立候補よ」


絶対見てない。息を吐くように歴史を改竄しないでほしい。 まきまきさんが「ああああっ!」と頭を抱えて発狂しそうになったその時、突然、背後のふすまがバーンと開いた。


「うるさい! 静かにしろ!」


ピライさんだ。一言だけ怒鳴り散らし、彼はそのまま旋風のように去っていった。何しに来たんだ。


「ウキー! まきまきの眉毛が消えたのは、西洋の呪いのせいウキ! 眉毛から日本が侵略されるウキー! デコバカ!」


庭の松の木にぶら下がった、ま猿さんが根拠ゼロのデマを喚き散らし、これまたすぐにどこかへ消え去った。


カオス。狂乱。エントロピーの増大。

この混沌を象徴するかのように、部屋の上部にはかつて六百両(現代の価値で六百万円)の値がついたという見事な木彫りの『欄間(らんま)』が飾られ、奥には富士山が描かれた極彩色のガラス屏風が鎮座している。表向きは清貧を謳う党だが、無駄に絢爛豪華なこの空間こそが、彼らの内部に渦巻く欲望のメタファーなのだ。


「拙者の、異国のトランプ将軍へのパイプは強固である! 党勢拡大は間違いない! 政策で勝負じゃ!」


いつの間にか部屋に上がり込んでいたのは、無職の元衆議院議員、パイプユニッシュさんだ。自信満々に胸を張っているが、彼が肩に担いでいる物理的な鉄パイプからは、赤錆と泥水がボトボトと畳にこぼれ落ちている。完全に詰まっているじゃないか。


「もういい! わたしは土に還るわ!」


限界を迎えたまきまきさんが、血まみれの顔のまま庭へと飛び出していった。

そこは、夫のたかしさんが河川敷から『モグラの土』をわざわざ運んできて作ったという自然農法の畑である。

まきまきさんは狂ったように土を掘り返すと、ふと視線を上に向けた。


「見て! この空に向かってそびえ立つ空豆の角度! 素晴らしいわ、重力に逆らうこの生命力!」


まきまきさんは恍惚とした表情を浮かべると、隣に生えていた生のスナップエンドウを大量にむしり取った。そして、洗うことも筋を取ることもせず、そのまま口に放り込んで獣のように噛み砕き始めた。


シャキッ、シャキッ、シャキッ……!


「甘い……甘いんです……!」


さっきまでの政治的悲哀はどこへ行ったのか。ただの食欲と不条理に支配されている。

わたしが呆然と見守っていると、まきまきさんはそのまま、庭の奥にある、たかしさんの『からくり部屋(ラジコン部屋)』へと足を踏み入れた。


そこは無数のからくり飛行機模型が所狭しと並ぶ、狂気の工房であった。 しかし、まきまきさんは部屋の隅を見るなり、再び金切り声を上げた。


「ああっ! なぜこんなところに異人の女たちが! キャサリン! スーザン! ナンシー! たかし、貴方という人は……別宅に異国の姫を囲っていたのね!!」


まきまきさんが錯乱して床を転げ回り始めた。

だが、わたしの目には、それがからくり飛行機の尾翼に貼られた『グラマーな白人女性の装飾シール』にしか見えない。事実確認を怠り、虚構の敵を作り出して憤る、あまりにも滑稽な被害妄想だ。


「もう許せない! わたしは狂うわ!

異国の姫・フィーフィーが酒に酔って炎上したように見せかけて、実は高度な計算でアルゴリズムを支配したように、わたしも緻密なメディア戦略で狂乱してやるわ!」


もはや自分が何を言っているのか分かっていないのだろう。狂気と知性の境界が消失している。

まきまきさんは部屋の隅にあった『自立する逆さ傘』を頭に被り、三十糎(センチ)もあるサンタクロースの巨大な靴を両足に突っ込んで暴れ始めた。


「さようなら! わたしは最新式の五右衛門風呂に浸かって全てを忘れるわ!」


彼女は庭先に置かれた巨大なドラム缶に向かって、身を躍らせてダイブしようとした。 「ま、まきまきさん! それはお風呂じゃなくて、燃え盛る焼却炉です!!」


わたしは間一髪のところでまきまきさんの帯を強く引っ張り、彼女が物理的に「炎上」するのを防いだ。 ぜえぜえと息を切らすまきまきさんを、広間まで引きずって戻す。


広間では、代表がまだペット・ボトルを握りしめ、パイプユニッシュさんが泥水を垂れ流し、ジム総長が優雅に嘘をついていた。


その阿鼻叫喚の中心で、まきまきさんがふと、憑き物が落ちたような静かな声で呟いた。


「……でもね。わたし、代表のことは憎みきれないの」

 「えっ?」


夕日を背に浴びて、まきまきさんは語り始めた。


「代表はかつて、『探偵!夜の辻占(ナイトスクープ)』というかわら版の企画で、病で髪が抜ける母親が丸坊主になるという悲しい依頼を受けたの。周りの絵師やスタッフが『重すぎる』と逃げ出す中、代表ただ一人が『絶対にやる』と周囲をねじ伏せ、その命の最期の輝きを永遠の記録に残した……。あの政治的非情さの中に隠された、底知れぬ慈悲。あの人間としての深さが、わたしを狂わせるのよ……」


美しく、情緒的な純文学の空気が部屋を包み込んだ。 代表はバツが悪そうにそっぽを向いた。


「……フン。あんなもん、ワシからしたらSFやで。ええゆうてるんちゃうで」

 「代表ォォォ! 照れ隠しですか! ボクは命がけで感動を擁護するッ!!」


カレーの本質が号泣しながら代表の足にしがみついた。


バンッ!!!


「うるさい! 静かにしろ!」


ピライさんが三度登場し、せっかくの文学的な余韻を完全にぶち壊して去っていった。

 「見た! アタシその慈悲深い話、見た! (見てない)」

 「ウキー!代表の正体はカラクリ人形ウキー! デコバカ!」 

「拙者のパイプも慈悲で開通するじゃろか!」


再び渦巻く、極限のシュールレアリズムと不条理。

無力な一般市民の象徴として、わたしはずっと部屋の隅で震えていた。だが、エントロピーの法則に従い崩壊していく彼らを見ているうちに、わたしの内部で何かが決定的に弾けた。


わたしは、ゆっくりと立ち上がった。 そして、六百両の欄間を揺るがし、富士のガラス屏風をヒビ割れさせるほどの、圧倒的な声量で叫んだのである。


「ええ加減にせんかァァァァァァァァッ!!!」


わたしの放ったツッコミの衝撃波は、代表が投げようとしていたペット・ボトルを空中で静止させた。

狂気に満ちた「にっぽんぽん・あさっての党」のメンバー全員が、そのただ一つの常識の楔(くさび)の前に、ピタリと動きを止めた。


西の空に沈む夕日が、静まり返った古民家を朱色に染め上げている。 遠くで、カラスが一声鳴いた。 わたしは、少しだけ痛む右手をさすりながら、静かに悟ったのである。

狂った世界で正気を保つためには、この声(ツッコミ)を上げ続けるしかないのだ、と。


今日もまた、帝都の夜がふけていく。


【ギャグ日本昔話小説】にっぽんぽん・あさっての党、眉毛と空豆と六百両の欄間

 「ひぃぃっ!」


わたし、チ~サが悲鳴を上げた瞬間、耳元を鋭い風が切り裂いた。

背後の漆喰の壁に、西洋渡りの舶来水筒――通称『ペット・ボトル』が激突し、派手な音を立てて床に転がる。


「ワシの机の上に置いてあったはずのカステラが減っとるやないか! 誰や食うたんは! ええゆうてるんちゃうで!」


朝の八時。文明開化の足音がそこかしこで鳴り響く明治初期の帝都・東京。

ここは、とある路地裏に佇む由緒正しき蔵を間借りして作られた政治結社『にっぽんぽん・あさっての党』の本部である。

怒鳴り声を上げているのは、この党の代表だ。お金が大好きで、何かとすぐにペットボトルを投げてくる卑……ごほん、激情家のお方である。


「カステラを盗むやなんて、SFやで! 誰や! 出てこい!」 

「だ、代表……わたしは食べてません! わたしはさっきから、ただ床の雑巾がけをしていただけで……」


臆病でおとなしいわたしが震え上がっていると、ふすまの奥から一人の男性がシュババッと滑り込んできた。彼こそ「カレーの本質🍛」。代表を命がけでエクストリーム擁護する恐るべき男だ。


「代表! 素晴らしい投擲フォームです! チ~サ君、君がそこにいたせいで代表の神聖なるペットボトルが壁に当たってしまったじゃないか!

ボクは命がけで代表を擁護する!

カステラが減ったのは、物理法則が代表の食欲に追いついていない証拠だ!」

「(どういう理屈……?)」


わたしの小さな心の声は、またしても豪快に開かれた襖の音にかき消された。


「今日もまきまき! 逆から読んでもまさきまき!」


異様なテンションで躍り出てきたのは、元・党の書生であり、先日、大坂の府議会だかの選挙に公認で出馬して見事に落選した『まきまき』さんだった。

さらに言うなら、彼女は旦那さんが飛脚に託した手紙(エックス・ポスト)がなぜか世間に出回ったことで正式にクビになったはずなのだ。なぜ堂々と党本部に顔を出しているのか。


「あ、あの……まきまきさん? あなたはクビに……」

 「もっと叩いて! まきまきのMはドMのM!」


情緒が崩壊している。しかも、まきまきさんの顔をよく見ると、右の眉毛がきれいさっぱり消滅していた。


「まきまきさん……眉毛、どうしたんですか?」 

「ああ、これ?

百文均一の店で買った安物の墨の筆(アイブロウ)を使ったら、反対側のぽんぽんするやつ(チップ)がどこかに弾け飛んじゃったのよ!

しかも夏の辻立ちで汗ですぐ消えるから、今は西洋の『2Bの鉛筆』でガリガリ描いてるの! 痛い! 痛い! でも事実しか言ってないのに悪口って言われるの!」


2Bの鉛筆で顔面を削っているから物理的に痛いのだと思う。

まきまきさんが一人でパニックになっていると、廊下から涼しい顔をしてジム総長が現れた。天然ボケで、口を開けば嘘ばかりつくおそろしい女性だ。


「あら。今日はその話ですか?」

 「そうよ総長! アタシの瓦版(ポスター)! なんであんな、半目で歯を剥き出しにした醜い似顔絵を選んだのよ! 絶対に意図的だわ!」


まきまきさんの剣幕に、ジム総長は手元の茶碗を傾けながらしれっと答える。


「見た! アタシそれ見た!」

 「えっ、ホントに選ぶところ見たの!?」 

「見てないけど、見た!

こうなること何となく予測してたわ。特には驚かなかったわね。結果としてまきまきの行動で利しているのは対立候補よ」


見ていないのに適当な総括をしないでほしい。 まきまきさんは頭を抱えてシクシク泣き出した。


「わあぁぁぁん! これが岩月先生の草紙に書いてあった『女が女に向ける嫉妬』なのね! 娘がいやがる間違いだらけの愛なのよ! 理不尽な権力勾配だわ!」

 「うるさい!静かにしろ!」


ドンッ!! 突然現れたピライさんが一言だけ怒鳴り散らし、また襖を強く閉めて去っていった。嵐のような人だ。


「ウキー! 瓦版の絵師は実は異国のスパイで、眉毛を消すことで日本を滅ぼそうとしてるウキ!(デマ) デコバカ!」


窓の外から、ま猿🐒が木の枝にぶら下がりながら完全なデマを叫び、またどこかへ飛び去っていった。

カオス。あまりにもカオスだ。これが我が国の未来を憂う者たちの集まりなのだろうか。


「代表! なにか言ってください!」 

わたしがすがるように見ると、代表は懐のそろばんを弾きながらニヤニヤしていた。


「恋すれば何でもない距離やけど!」

 「急にポエミー! 距離の話はしてません!!」 

「ええゆうてるんちゃうで!

ワシには関係ない話や。ところでこの自慢の六百両した『木彫りの欄間(らんま)』、メルカリでなんぼで売れるかな……」

「明治時代にメルカリはないですし、党の財産を切り売りしないでください!」


わたしが泣きそうになっていると、さらに襖が開き、福井弁を操る偉そうな男、パイプユニッシュさんが堂々と胸を張って入ってきた。


「拙者、海の向こうの異人、トランプ大統領殿とぶっといパイプがあるんやざ!」 

「あの、パイプユニッシュさん……そのパイプ、思いっきり泥と錆で詰まってますけど……」

「あっ、ほんとやざ! まったく通ってないざ! だが関係ない! 党勢拡大は間違いない! 政策で勝負じゃ!」


もう、ツッコミが追いつかない。 わたしは膝から崩れ落ちそうになった。しかし、そこで不意に、まきまきさんが真顔になってぽつりと呟いたのだ。


「でもね……わたし、代表のことは憎みきれないの」

 「え?」


まきまきさんは遠くを見るような目で、六百両の欄間の向こうを見上げた。


「代表は昔、『探偵!夜の辻占(ナイトスクープ)』という瓦版の企画で、病で髪が抜けるお母さんが丸坊主になるという悲しい依頼を、たった一人で『絶対にやる!』って押し通したのよ。周りの絵師やスタッフが重すぎると言って全員逃げたのに……。あの怪物の底にある、人間としての深い慈悲……」


急に文芸的なトーンになった。 代表はバツが悪そうにそっぽを向き、手元のペットボトルをいじり始めた。


「……フン。あんなもん、ワシの才能からしたらSFやで。ええゆうてるんちゃうで」 

「代表ォォォ!!」


カレーの本質が号泣しながら代表の足元にすがりついた。 

「照れ隠し! まさに照れ隠しの暴言! この矛盾こそが代表のカリスマ! ボクは命がけで擁護するッ!!」

「うるさい! 静かにしろ!」(ピライさんが再び襖を開けて閉めた)


「……よし! 感動したから、畑でスナップエンドウ食べるね、まきまき!」 

まきまきさんはコロッと表情を変え、縁側の外にある自然農法の畑へと飛び出していった。

わたしも慌てて後を追う。


「まきまきさん! 勝手に畑のものを食べちゃダメですよ!」


庭に出ると、モグラが掘り返した柔らかな土の上に、空豆やスナップエンドウが、まるで重力に逆らうように空に向かって鋭い角度でそびえ立っていた。

まきまきさんは、そのひとつをもぎ取ると、洗うことも筋を取ることもせず、そのまま口に放り込んだ。


シャキッ。 瑞々しい音が響く。


「甘い! 甘い! 筋ごといけるわ! もっと叩いて! まきまきのMはドMのM!」


いや、豆を食いながら言うセリフではない。 すると、背後からジム総長が庭を眺めて言った。


「見た! アタシそれ見た! その甘い豆は、幕府を弱体化させるために異国が撒いた工作用の甘味よ」 

「拙者のパイプを使って取り寄せた幻の豆やざ!党勢拡大は間違いない!」

 「ウキー! その豆を食べると頭から双葉が生えて人間盆栽になるウキ!(デマ) デコバカ!」


相変わらずのノイズだ。政治的闘争と、嘘と、デマと、嫉妬。 そのすべてが、この静謐な空間の裏庭で、ちっぽけな騒音として響いている。


代表が怒り狂って窓から叫んだ。


「ワシの畑の豆を勝手に食うな! 金払え! 恋すれば何でもない距離やけど、豆の代金は別や! ええゆうてるんちゃうで!!」


ビュンッ! とペットボトルが飛んでくる。 わたしは無言で首を傾け、その放物線を躱した。


(あ、カステラ食べたの、わたしだ)


不意にそんな記憶が蘇ったが、黙っておくことにした。 わたしは、まきまきさんの真似をして、そびえ立つ空豆を一つもぎり、静かに口の中へ入れた。


……甘い。 暴力的なまでの、圧倒的な青さと甘み。 この豆の根源的な生命力に比べたら、この党で起きているゴタゴタなど、あまりにも虚しくて、滑稽だ。


「おい、チ~サ! お前も食うとるやないか! SFやで!」 

「ボクは代表の怒りを命がけで擁護する!」


わたしはもう、ビクビクするのをやめた。 口の中の豆をゆっくりと咀嚼し、堂々と振り返って言い放った。


「代表、うるさいですよ。ペットボトル、片付けますからね。総長、息をするように嘘をつかない。パイプユニッシュさん、パイプ掃除しましょう。まきまきさん、鉛筆で眉毛を描くと痛いから後で墨汁貸しますよ」


一瞬、全員がポカンとした。 いつも怯えていたわたしが、あまりにもあっさりと逆襲したからだ。


「ピライさん!」 わたしが叫ぶと、縁側の向こうのふすまがバンッと開いた。


「うるさい! 静かにしろ!」 バンッ!


にっぽんぽん・あさっての党の朝は、今日も賑やかに明けていく。 薄暗い天井に鎮座する六百両の欄間は、ただ黙って、私たちの愚かな業を見下ろしていた。


2026-03-21

チ~サの「にっぽんぽん・あさっての党」文明開化奮闘記

時は明治初期。ちょんまげ頭とシルクハットが交差する帝都・東京で、わたし、チ~サは震えていた。

所属する政治結社「にっぽんぽん・あさっての党」の屯所は、今日も今日とて常軌を逸した異常な熱気に包まれているのだ。

「琉球沖の船の難破ぁ? あんなん自己責任やろが! ワシ、恋すれば何でもない距離やけど、自分の意思で乗ったんやし知らんがな。SFやで!」

ド派手な着物姿の代表が、葉巻をふかしながら冷酷な暴言を吐き捨てた。
人命が失われたというのに、思想が違うからといってこの人は何を言っているのだろう。

すると、隣で洋装に身を包んだジム総長が、優雅に紅茶をすすりながら深く頷いた。
「なるほど。見た! アタシそれ難破するの見た! 今日はその話ですか? 特には驚かなかったわね」

いや、絶対に見ていないでしょうし、倫理観どこに置いてきたんですか。
わたしが部屋の隅でガタガタ震えていると、ふすまが勢いよく開き、羽織袴の男が飛び込んできた。

「党勢拡大は間違いない! 政策で勝負じゃ!」

パイプユニッシュだ。彼はメリケン国の「とらんぷ政権」とパイプがあると豪語しているが、どう見ても便所のパイプ以上に詰まっている。
なぜか血走った目の彼は、いきなり客人の『ひょうきんな尾張のオッサン』に向けて刀を抜き、斬りかかろうとした。

「や、やめて!」
わたしが叫ぶより早く、十二単で爆走してきた女が彼に体当たりをかました。

「今日もまきまき!逆から読んでもまさきまき!」
結社の元職員にして、浪花の元公認候補、そして旦那の瓦版投稿(Xポスト)のせいでクビになった女、まきまきだ。
「もっと叩いて! まきまきのMはドMのM!」
彼女はパイプユニッシュの刀を白刃取りしながら、謎のエクスタシーに浸っている。相変わらず情緒が迷子すぎる。

そのカオスな光景に、代表がブチギレた。
「ええゆうてるんちゃうで!」

シュパッ!
代表の手から、異人館から取り寄せた透明な筒――通称「屁っと簿とる(ペットボトル)」が、物凄い剛速球で放たれた。
ガシャアアン!

「ああっ、代表が物を投げた!」
大騒ぎになる屯所。しかし後日、お奉行所の調べに対し、現場にいたはずの彼らは口を揃えてこう言ったのだ。

「覚えてないわ。こうなること何となく予測してたわ」(ジム総長)
「拙者、床に叩きつけただけでござる」(パイプユニッシュ)

見事なまでの隠蔽と保身である。
そこに、ふんどし一丁の猿が飛び込んできた。ま猿だ。

「ウキー! デコバカ!」
彼はヘラヘラ笑いながら、「足裏ババア!」などと書かれた悪辣な立て札(当時のSNS)を町の至る所に立て始めた。無関係な町娘を「キチガイ」と罵り、一万一千両を要求するチンピラ以下の陰湿なネットリンチだ。

「うるさい!静かにしろ!」
突如、ピライが現れて一喝し、一秒で立ち去っていった。マジで何しに来たんだ。

さらに、奥からカレーの匂いを漂わせた男が現れる。
「ボクはね、代表が投げた屁っと簿とるの美しい放物線に、日本の夜明けを見たんだ!」
カレーの本質だ。彼は今日も命がけで代表をエクストリーム擁護している。

もう限界だ。わたしは胃薬を飲み込んだ。
だが、恐怖は終わらない。

「代表、あの華のある優秀な町娘(新藤さん)と牛鍋を食べに行くの? アタシも同席するわ!」
ジム総長が代表の腕に絡みついた。私怨と嫉妬で優秀な人材を排除し続ける彼女は、結社の大集会でも現役の地方議員を意図的に排除し、ただの秘書にマイクを握らせて組織を私物化している。
「結果としてあの町娘の行動で利しているのは幕府よ!」
全く意味の分からない理屈で妨害工作に入った。

窓の外を見れば、狂信的なボランティアたちが暴走している。
「拙者が代表の母上の葬儀委員長でござる!」と虚言を吐く者や、駕籠を用意して「ここが代表の奈良の生家だよツアー」を勝手に開催するストーカーまがいの者まで蔓延している。
まきまきに至っては「春を売る女」などと執拗に粘着デマを流されているが、「もっと叩いて!」とむしろ喜んでいるからもう手がつけられない。

ああ、この結社はもうダメだ。
全員が常軌を逸している。このままでは、わたしまでおかしくなってしまう。

「わたし……もう、こんなおかしな党の言いなりにはなりません!」
臆病でおとなしかったわたしは、腹の底から声を絞り出し、ついに立ち上がった。
「代表、その屁っと簿とるは危険です! ジム総長、息を吐くように嘘をつかない! まきまきさん、少しは落ち着いて!」

わたしの魂のツッコミが、帝都の空に響き渡る。
政治の夜明けはまだまだ遠そうだが、わたしの自立の夜明けは、ギャグのような爆発音と共に今、確かに訪れたのだった。

2026-03-20

にっぽんぽん長屋の魑魅魍魎(ちみもうりょう) ~飛んできたぺっとぼとる~

 時は文明開化の足音が鳴り響く明治初期、帝都・東京。

ガス灯の光も届かぬ薄暗い長屋の一室で、わたし、チ~サは部屋の隅でガタガタと震えていた。ここは政治結社「にっぽんぽん・あさっての党」のアジトである。おとなしく臆病なわたしには、この空間の瘴気は強すぎたのだ。

「ワシ、琉球の海で小舟がひっくり返って若い命が散った事件な、あれ乗ってたん『基地反対』とか言うような、頭のちょっと緩い書生やと思うねん!」
代表が、ちょんまげを揺らしながら下劣な暴言を吐き捨てた。金への執着と卑怯さを煮詰めたような男だ。
「なんてことを……!」と心の中で叫ぶわたしをよそに、カレーの本質が膝行して進み出る。
「ボクは全面支持します! 代表の勝手な想像力で被害者を冒涜するスタイル、これぞ命がけのエクストリーム擁護です!」
いや、擁護の方向性が明らかにおかしい。

すると、豪奢な着物を着崩したジム総長が扇子を優雅に翻した。
「今日はその話ですか? アタシ、その小舟が沈むとこ見た! アタシそれ見たわ!(※絶対に江戸からは見えない)こうなること何となく予測してたわ。特には驚かなかったわね」
「嘘ばっかり……」
わたしが小声で突っ込むと、ジム総長は顔色一つ変えずに話を逸らした。
「それより、うちの党員の飲酒馬車暴走事件。瓦版に載せないで隠蔽するわよ。結果として正直に謝る行動で利しているのは敵対勢力だからね」
隠蔽のロジックが完全に破綻している。だが、ここにはそれを咎めるまともな人間はいない。

「ええゆうてるんちゃうで! でもワシ、穴の開いた足袋の裏の錦絵を帝都中に配りたいねん! 金になるからな!」
「その汚い足の裏の絵、アタシが指示したのよ。有権者への冒涜的芸術でしょ?」
ジム総長の恐るべき独裁的私物化である。彼女に逆らう優秀な人材は次々と排除され、残るのはイエスマンの腰巾着ばかりなのだ。

「ウィ〜ッ……拙者、アメリケンの頭領トランプとパイプがあるでな!」
千鳥足で乱入してきたのは、パイプユニッシュ。福井弁を使い偉そうに語るが、彼のアメリケン・パイプは致命的に詰まっている。
「党勢拡大は間違いない! 政策で勝負じゃ!」
言うが早いか、彼は酔った勢いでその辺の柱に暴力を振るい始めた。
そこに飛び込んできたのが、情緒不安定な元職員のまきまきだ。
「今日もまきまき! 逆から読んでもまさきまき! やめてええええ!」
彼女はパイプユニッシュにすがりつき、見事に動きを封じた。
「ぬおお!? 離せ!」
「もっと叩いて! まきまきのMはドMのMぅぅっ!」
彼女の絶叫と謎の歓喜が長屋に響き渡る。あまりの狂気である。

そのカオスを切り裂くように、ま猿が梁から飛び降りてきた。
「ウキー! 減税派はG(ゴキブリ)ウキー! まきまきの旦那の過去の落書き、自治会や寺子屋にばら撒いてやるウキ! デコバカ!」
発言のすべてがデマと誹謗中傷であるま猿は、一気に言い放つと、秒速で走り去った。
入れ替わりにピライが襖を勢いよく開ける。
「うるさい!静かにしろ!」
そして彼もまた、怒鳴るや否や風のように立ち去った。テンポが早すぎる。

「まきまき、アンタはクビよ。党の人間関係はアタシが独占するの」
ジム総長の冷酷な一言で、まきまきは号泣しながら瓦版屋へと駆け込んでいった。
「ちなみに私たちの政策37箇条、見直したら期限も数値目標もない空っぽのスローガンよ。でも、元ヤクザの用心棒を囲ってるから箔がつくわね」
もはや政治結社ではなく、ただのならず者の集会だ。

「恋すれば何でもない距離やけど! SFやで!」
代表が意味不明な口癖とともに、未来のオーバーテクノロジーである「ぺっとぼとる」をわたしに向かって全力で投げつけてきた。

――その瞬間。
わたしのなかで、何かが決定的に弾けた。
おとなしくて臆病だったわたしは、飛んできたぺっとぼとるを見事な白刃取りで受け止めたのだ。

「……いい加減にしなさいよッ!!」
わたしの鼓膜を震わせる大声に、全員の動きがピタリと止まる。
「死亡事故の被害者への冒涜! 飲酒馬車の隠蔽工作! デマ猿と酔っ払いと空っぽの37箇条! おまけに足の裏の錦絵って、ここは政治の吹き溜まりですか! わたし、こんな異常な党、今日限りで離党します!!」

沈黙する「にっぽんぽん・あさっての党」を背に、わたしは長屋の襖を蹴り飛ばした。
見上げれば、文明開化の抜けるような青空が広がっている。
今日からわたしは、自分の足で、あさってではない「明日」の方向へ歩き出すのだ。

2026-03-19

文明開化は、ドMの叫びと共に。 ~チ~サ、あさっての党をゆく~

 むかしむかし、幕末から明治へと時代がひっくり返り、江戸の町が「東京」と呼ばれ始めた頃のお話です。

隅田川のほとりに、一風変わった結社がありました。その名も「にっぽんぽん・あさっての党」。わたし、臆病なチ~サは、そこで日々巻き起こる怪奇現象のような政争に、震えながら立ち会っておりました。

その日も、屯所では代表が空のペットボトルを全方位に投げ散らかしていました。

「ワシは癌の手術を2回もしたんやぞ! それなのに早朝から『あさ8(はち)』の瓦版作りに呼び出されて、深夜までマンションで軟禁や。恋すれば何でもない距離やけど、これ身体ボロボロやで! ほんま、ええゆうてるんちゃうで!」

代表の叫びに、横で帳簿を独占するジム総長が、どこか遠くを見つめながら答えました。

「今日はその話ですか? こうなること何となく予測してたわ。特には驚かなかったわね。結果として代表の体がボロボロになることで利しているのは、マッサージ屋じゃないかしら」

「総長! あんた、ワシに猫なで声で近づいてきたクセに、裏ではワシのこと『人脈皆無の金の亡者』って言うてるらしいな! SFやで!」

そこへ、袴の裾を泥だらけにしたパイプユニッシュ様が、長いキセルを振り回して入ってきました。

「党勢拡大は間違いない! 拙者はトランプ大統領の従兄弟の隣人の犬の散歩係とパイプがあるゆえ! 政策で勝負じゃ!」

パイプが詰まっているのは一目瞭然でしたが、誰もそれを指摘しません。すると突然、襖がババーンと開き、ピライ様が顔を出しました。

「うるさい! 静かにしろ!」

言うが早いか、彼は風のように去っていきました。あとに残されたのは、なぜか全力で代表の前に立ちはだかり、飛んできたペットボトルを額で受けるカレーの本質殿。

「ボクは代表を命がけでエクストリーム擁護します! 代表が投げたペットボトルは、実は聖水なんです!」

カオスが極まったその時。庭から「ウキー!」という叫び声と共に、一匹の猿が飛び込んできました。ま猿です。

「ウキー! まきまきの夫は実は宇宙人! デコバカ! デコバカ!」

全てがデマです。しかし、この場に漂う殺伐とした空気を一気に塗り替えたのは、回廊を猛スピードで転がりながら現れた、あの女性でした。

「今日もまきまき! 逆から読んでもまさきまき! もっと叩いて! まきまきのMはドMのMー!」

元職員のまきまき様です。夫が「X(旧・瓦版)」に余計なことを書いたせいでクビになった彼女は、今や情緒が明治維新の状態でした。

「ちょっと聞いてよチ~サちゃん! ジム総長ったら、気に入らない人がいるとすぐ『精神を病んでおられる』って診断書取らせに行かせるのよ! 善意を装って追い詰めるの! 怖くない!? ねえ、もっとまきまきを叩いて!」

「まきまき、うるさいわよ」とジム総長。

「見た! アタシ、あんたが夫の瓦版を自分で代筆してるの見たわ!(実際は見てない)」

「そんなのデマよ! パイプユニッシュの旦那が夫を晒し者にして、私の家庭は崩壊、今は別居中なんだから! 世間じゃ『夫婦は別人格』って言ってくれるのに、この党だけよ『連座制』を適用してくるのは! 専鋭化しすぎてもう、まきまきしちゃう!」

まきまき様は泣きながら、落ちていたペットボトルを自分に叩きつけていました。

わたしは、その光景を眺めながら思いました。

幕末の志士たちは、日本を良くしようと命を懸けましたが、この「あさっての党」の人々は、味方の足を引っ張ることに命を懸けている……。

「ワシら、アンチのなりすまし工作員にハメられたんや!」

代表がそう叫ぶと、ま猿が「ウキー!(その通り!)」と同調します。しかし、私は知っていました。昨日、門の前で石を投げていたのは、間違いなくうちのボランティアスタッフでした。

「……わたし、もう辞めます」

小さな声で呟いたとき、わたしの背筋がピンと伸びました。

この魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界で、ただ怯えているだけのチ~サはもういません。

「代表! 総長! パイプの詰まった侍! そしてドMのまきまき様! 皆さん、あさってと言わず、昨日に帰ってやり直してください!」

わたしは、代表から飛んできた最後のペットボトルを素手でキャッチし、それをゴミ箱へポイと捨てました。

こうして、わたしは「あさっての党」を去り、本当の夜明けを探しに、新しい時代へと歩き出したのです。

背後では、まきまき様が「逆から読んでも、まさきまきー!」と叫ぶ声が、いつまでも空に響いていました。

めでたし、めでたし。

魂の咆哮と、水面の一パーセント

春爛漫の夜気(やき)が、妖しいほどの甘香(あまが)を孕んで隅田の川面(かわも)を撫でていた。 墨絵のように沈む帝都の輪郭を背景に、爛漫たる夜桜が月の光を吸って白く発光し、風に弄(もてあそ)ばれては水面へとはらはらと散華(さんげ)していく。幕末から明治へと時代が急転するその裂け目の...