むかしむかし、あるところに。
とは申しましても、世は幕末から明治に移ろうとする激動の時代。異国の黒船が江戸の度肝を抜き、尊皇だ佐幕だと騒がしい東京での、とあるお話でございます。
わたしはチ~サ。しがない一党員にございます。
わたしが所属しておりますのは、その名も「新党・あさっての党」。明日をも知れぬこのご時世に、あさってを見据えるとは、何と壮大な志でありましょうか。
……と、聞こえは良いのですが、実態はただの変わり者の集まりなのでございます。
その日も、我らが党の代表が、江戸の町辻で声を張り上げておりました。
「ええか、みなさん!今、日の本は大変なことになっとるんやで!大阪なんかね、もうほんまに異国に占領されました!」
出ました、代表の大風呂敷。
わたしは後ろの方で、ただただ小さくなっているのでございます。
代表は、関西弁でまくし立てます。一人称は「ワシ」。お金が大好きで、ちょっと(いえ、かなり)卑怯者。そして、すぐペットボトルを投げてきます。この時代にどうやって手に入れているのかは、誰も知りません。
「大阪のね、ミナミいうとこは、今やほとんど唐の者に占領されました!心斎橋を歩いてみぃ!10人のうち9人以上が外国人、ほとんどが唐人ですよ!このままでは、キタも、いや江戸も乗っ取られてまう!」
わたしは思わず首をかしげました。
(……心斎橋に外国の方が多い話、今のこのご時世でされても、かなり的外れなのでは……?)
開国したばかりで、異人さんが珍しいのは当たり前。それに、心斎橋という地名も、江戸に住むわたしには馴染みがございません。
しかし、わたしは臆病でおとなしい身。とてもじゃないですが、代表に物申すことなどできません。
すると、わたしの隣にいたジム総長が、パッと手を叩いて言いました。
「見た!アタシそれ見た!心斎橋が占領されるところ!」
ジム総長。一人称は「アタシ」。とてつもない天然ボケで、息をするように嘘をつきます。絶対に見ていません。そもそも心斎橋がどこにあるかもご存じないはず。
「いやぁ、すごかったわよぉ。唐の人たちがワァーッて来てね。こうなること何となく予測してたわ。特には驚かなかったわね」
「そうでっしゃろ!」
代表はご満悦です。
そこへ、福井弁の男、パイプユニッシュ様が割って入りました。
「代表!これは由々しき事態じゃ!拙者のワシントンとのパイプで、トランプ政権に伝えねば!」
パイプユニッシュ様。一人称は「拙者」。口ではトランプ政権と太いパイプがあると豪語しておりますが、そのパイプはひどく詰まっていると専らの噂。
「党勢拡大は間違いない!政策で勝負じゃ!」
そう言って、空に向かって何かを叫んでいますが、誰にも届いていないご様子。
「その通りです!代表のおっしゃる通りなのです!」
突如、代表の前にひれ伏したのは、カレーの本質🍛様。一人称は「ボク」。代表を命がけでエクストリーム擁護するのが彼の生きがいでございます。
「代表の深いお考えこそが、この国を救う唯一の道!それは、スパイスの効いたカレーの本質と同じなのです!」
もはや何を言っているのか分かりません。
わいわい、がやがや。
収拾がつかなくなったその時でございます。
「うるさい!静かにしろ!」
鋭い声が響き渡り、一瞬、その場が静まり返りました。
見れば、そこに立っていたのはピライ様。彼はいつもこうして現れ、一喝しては風のように去っていくのでございます。
嵐が去ったと思ったのも束の間、今度は近くの木の枝がガサガサと揺れました。
「ウキーッ!デコバカ!」
一匹のお猿さんが、そう叫ぶなり、あっという間に走り去ってしまいました。
ま猿🐒様でございます。彼の発言は全てデマだと言われていますが、真偽のほどは定かではございません。
「やかましいわ!」
代表はそう怒鳴ると、懐からおもむろにペットボトルを取り出し、猿が消えた方角へ投げつけました。空になったペットボトルが、カラン、と寂しい音を立てます。
「ええか!この異国人との距離!恋すれば何でもない距離やけど、ワシにとってはSFやで!」
代表の口癖が止まりません。
「今日はその話ですか?」
ジム総長が、またもや天然な一言を放ちます。
もう、わたしは限界でございました。
この人たちの会話は、いつだって噛み合わない。まるで、歯車の狂った絡繰(からくり)人形を見ているようでございます。
でも……でも、このままではいけない。
この的外れな演説を、江戸の町民が信じてしまったら?
わたしは、震えるこぶしをギュッと握りしめました。
「あ……あの……」
わたしが発した声は、蚊の鳴くような、か細いものでした。
しかし、喧騒の中、それは意外にも皆の耳に届いたのでございます。
代表も、ジム総長も、パイプユニッシュ様も、カレーの本質🍛様も、全員がわたしの方を振り返りました。
「……なんや、チ~サ。文句あんのか?」
代表の低い声が、わたしの心をえぐります。
ああ、怖い。今すぐ逃げ出したい。
でも、ここで言わなければ、わたしは一生、このおかしな人たちの言いなりになってしまう。
わたしは、人生で一番の勇気を振り絞りました。
「だ、代表っ!その、心斎橋のお話……本当にござりまするか!?わ、わたし、この前、浪速の商人から文(ふみ)をもらいましたけど、そのような話は、ついぞ聞いたことがないと……!」
しん、と静まり返る町辻。
代表の顔が、みるみるうちに赤黒く染まっていくのが分かりました。
「なんやとぉ……!ワシの話が信じられへんっちゅうんか!ええゆうてるんちゃうで!!」
代表は、新たに懐から取り出したペットボトルを、わたしに向かって投げつけようと振りかぶりました。
わたしは、ギュッと目をつむりました。
しかし、いつまで経っても衝撃は来ません。
おそるおそる目を開けると、信じられない光景が広がっておりました。
代表が投げたペットボトルが、放物線を描き、偶然通りかかったお奉行様の行列の、ちょうどお奉行様ご本人の御頭(おつむ)に、こーん、と当たったのでございます。
「「「…………」」」
全員が固まりました。
「……者ども、であえ!であえーっ!」
お奉行様の一声で、わたしたち「新党・あさっての党」の面々は、一人残らずお縄になってしまいました。
牢屋の中で、わたしは冷たい壁に背を預けながら、ぼんやりと考えておりました。
言いたいことを口にするのは、とても勇気がいること。
でも、ほんの少しだけ、胸がスッとしたのも本当。
わたし、ちょっとだけ、成長できたのかもしれない。
……まあ、言う相手と場所とタイミングは、選ばないといけないみたいですけど。
隣の牢では、ジム総長が「こうなること何となく予測してたわ」と呟き、パイプユニッシュ様が「これで党勢拡大は間違いない!」と力強く宣言しておりました。
カレーの本質🍛様は、どこからか白湯を調達してきて、代表に「ささ、代表、お心を鎮めて」と差し出しています。
「まったく……SFやで」
代表の呟きが、薄暗い牢屋に、虚しく響いておりました。
めでたし、めでたし……なのでしょうか。
わたし達の明日は、どっちだ。いや、あさっては。
薄暗い牢屋の中、わたし達「新党・あさっての党」の面々は、世を儚んで……などいるはずもございませんでした。
「これは幕府の陰謀や!ワシを恐れるあまり、こんな卑劣な手を使いよってからに!」
代表は、鉄格子の向こうの看守に向かって、なおもペットボトルを投げつける仕草を繰り返しております。もちろん、取り上げられております故、素振りだけでございますが。
「アタシ、牢屋に入るの初めてじゃないのよ」
ジム総長が、さも武勇伝のように語り始めました。
「昔、西洋の城の地下牢に幽閉されたことがあってね。その時も、こうなること何となく予測してたわ」
……絶対に嘘でございます。西洋に行ったことなどないはず。
「心配ご無用!拙者のワシントンとのパイプを通じて、既にトランプ政権には連絡済みじゃ!今頃、黒船の大艦隊が江戸湾に向かっておるわ!」
パイプユニッシュ様は、鉄格子をガシャガシャと揺らしながら叫びます。そのパイプは、政治ではなく、牢屋の汚水管にすら繋がっておりません。
「代表!この鉄格子こそが、我々の結束をより強固にするためのスパイスなのです!この苦難を乗り越えてこそ、真のカレー……いえ、真の政党が生まれるのです!」
カレーの本質🍛様は、涙ながらに代表をエクストリーム擁護しております。
わたしは、この絶望的な状況と、誰一人として反省の色が見えない仲間たちを前に、深いため息をつきました。
このままでは、打ち首獄門……。わたしは、まだ死にたくありません!
「み、皆様!このままでは、我らは朝露と消えてしまいます!何とかして、ここから出なければ!」
わたしの悲痛な叫びに、皆が一瞬、こちらを向きました。
「せやな……」
代表が、腕を組んで唸ります。
「恋すれば何でもない距離やけど、打ち首台までの距離は、さすがにSFやで」
代表が何か妙案(というか珍案)を思いついたようでございます。
しかし、その計画とやらは、案の定、滅茶苦茶なものでした。
ジム総長が「アタシ、看守さんの前世を知ってるわ!あなたは確か、古代エジプトの神官で……」と嘘八百で看守を言いくるめようとして、逆に気味悪がられ。
パイプユニッシュ様が「拙者のパイプでこの錠前など一発じゃ!」と宣言し、懐から取り出したキセルを鍵穴に突っ込み、先を折ってしまい。
カレーの本質🍛様が「代表のカリスマ・オーラで鉄を溶かすのです!」と叫び、全員で代表に念を送り始める始末。
……もう、ダメだ。この人たちに任せていては、あさってどころか、明日の朝日すら拝めません。
わたしは、臆病で、おとなしくて、いつも人の後ろに隠れていたわたしは、もうここにはいない。
やらなければ。わたしが、やるしかない!
わたしは、ある一つの策を思いつきました。それは、わたしの唯一の取り柄……『存在感のなさ』を利用するものでございます。
「皆様!どうか、ありったけの力で騒いで、看守の方々の気を引いてくださいまし!」
わたしの言葉に、一同は「任せろ!」とばかりに、これまで以上の大騒ぎを始めました。
代表は「ええゆうてるんちゃうで!」と地団駄を踏み、ジム総長は見たこともないオペラを歌いだし、パイプユニッシュ様は「政策で勝負じゃ!」と叫びながら牢の中を走り回り、カレーの本質🍛様は情熱的なインド舞踊を踊り始めました。
牢屋は、たちまち混沌の坩堝と化します。
その隙に、わたしはそっと鉄格子の隅に寄り、息を殺しました。
案の定、看守の方々は、大騒ぎする代表たちを止めるのに必死で、隅っこで石のようになっているわたしになど、全く気づいておりません。
わたしは、ゆっくりと、ゆっくりと鉄格子の隙間から手を伸ばし……看守の腰にぶら下がっていた鍵束に、指先をかけました。
心臓が、口から飛び出しそうでございます。
そして、ついに鍵束をそっと抜き取ることに成功したのです!
わたしは急いで錠前を開け、仲間たちを牢から解き放ちました。
「おお!チ~サ、大手柄やないか!これもワシの采配のおかげやな!」
「アタシが注意を引いたおかげよ。こうなること予測してたわ」
「拙者のパイプが鍵を緩めておいたのじゃ!」
「代表を信じる心が奇跡を呼んだのです!」
……誰一人、わたしの手柄だとは認めてくれません。
でも、今はそれで良いのです。
わたし達は奉行所の廊下を駆け抜けましたが、出口には屈強な番人が何人も立ちはだかっておりました。
絶体絶命!
その時でございます。
「うるさい!静かにしろ!」
どこからともなくピライ様が現れ、番人たちを一喝するなり、また風のように去っていきました。
番人たちが一瞬あっけに取られている隙に、わたし達は奉行所の外へと転がり出たのでございます!
しかし、このまま逃げてもお尋ね者になるだけ。
わたしは、震える足で、お奉行様が裁きを行う白州へと向かいました。
仲間のため、そしてわたし自身のために、直談判するのでございます!
「お、お奉行様!どうか、お聞き届けくださいませ!」
わたしは、土下座して必死に訴えました。
「我らが代表は、ただの世間知らずの阿呆でございます!悪気は毛頭なく、心斎橋がどこにあるかすら、きっと分かっておりませぬ!どうか、この通り!」
お奉行様が怪訝な顔でわたしを見下ろした、その時。
後ろから、仲間たちがなだれ込んできました。
「見た!アタシ見たわ!お奉行様が昨日、甘味処の看板娘に鼻の下を伸ばしているのを!」
ジム総長の爆弾発言に、お奉行様の顔が青ざめます。
「この件、トランプ政権も重大な関心を持って注視しておるぞ!国際問題に発展しかねん!」
パイプユニッシュ様が、ありもしない虎の威を借ります。
「お奉行様!代表の深遠なるお考えを受け入れれば、あなたも真のカレー……いえ、真の裁きにたどり着けるのです!」
カレーの本質🍛様が、もはや何を言っているのか分かりません。
「ウキーッ!デコバカ!」
どこから迷い込んだのか、ま猿🐒様までが野次を飛ばして去っていきました。
あまりのカオスな状況に、お奉行様は頭を抱え、わなわなと震え始めました。
「……もうよい!もう、お主らの顔は見たくない!二度と江戸の町で騒ぎを起こすでないぞ!さっさと失せろ!」
こうして、わたし達「新党・あさっての党」は、奇跡的に無罪放免となったのでございます。
夕日が差し込む江戸の帰り道。
代表は「これも全て、ワシの人徳のなせるワザや」と胸を張っておりました。
誰も、わたしが必死に頭を下げたことなど、覚えてはおりません。
でも、それで良かったのです。
わたしは、ただ臆えていただけの、か弱い町娘ではございません。
自分の足で立ち、自分の頭で考え、仲間を救うことができた。
その事実が、夕日に照らされたわたしの心を、温かく満たしてくれました。
「ええか、みんな!ワシは決めたで!」
代表が、また何かを思いついたようです。
「次の辻説法では、上野の山が異国のパンダなる珍獣に占領される話をする!これはもはや、SFやで!」
わたしは、思わず空を見上げて、小さく笑いました。
この人たちといると、本当にろくなことがない。
でも、まあ……退屈だけは、しなさそうでございます。
「……代表、パンダというのは、唐の国の、熊に似た獣だそうですよ」
わたしがそう呟くと、代表はキョトンとした顔で、こちらを振り返りました。
臆病なだけだったわたしが、代表にツッコミを入れる日が来るなんて。
わたし達「新党・あさっての党」の明日はどっちだか分かりませんが、あさってはきっと、今日より少しだけ面白い日になる。
そんな気がしたのでございます。
めでたし、めでたし。
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