【ギャグ日本昔話小説】あさっての党の、あさっての集い
わたしはチ~サ。しがない一党員である。
文明開化の音がするここ東京で、来る日本の夜明けを夢見て「にっぽんぽん・あさっての党」の門を叩いたのは、ほんの数ヶ月前のこと。
年額六千円という大枚をはたけば、文明の利器である「機関紙」にて、党の最新情報が隅々まで知れると信じていた。しかし、現実は違った。党の核心に触れる重要な知らせは、代表とジム総長様が開催する「からくりニコニコ生放送」なる、更なる課金を要する見世物でしか明かされないのだ。
「理不尽だわ…」
そう呟いたとて、わたしの声は文明開化の喧騒にかき消されるだけ。それでも、この壁を乗り越えてきた党員の皆様はきっと強い。わたしも、強くならなければ。
そんなある日のこと。党の本部である古びた長屋に、一枚の貼り紙が出された。
『党大会、開催決定!』
おお、ついに!党員たちの顔がぱっと明るくなる。しかし、その喜びも束の間、小さな文字で書かれた追伸が、我々を奈落の底へと突き落とした。
『遠隔地より「からくり中継」にてご参加の者は、参加費として一千円を申し受けます』
「一千円だと!?」
「米が何俵買えると思ってやがるんだ!」
界隈は、ザワついた。そりゃそうだ。党の未来を決める大会だというのに、参加するのにお金を取るなんて。
「皆の者、落ち着かれよ!」
長屋の奥から現れたのは、パイプユニッシュ様だった。相変わらず、異国の偉い人「トランプ様」との太いパイプがあると言って、ふんぞり返っている。
「党勢拡大は間違いない!そのためには先立つものが必要なのじゃ!政策で勝負じゃ!」
そう言うだけで、具体的な説明は何もない。お得意の福井弁も、今日はなんだか空々しく響く。
すると、わたしの隣にいたジム総長様が、ふわりと扇子を広げた。
「あら、何をそんなに騒いでいるのかしら?今日はその話ですか?会場に入れる五千人の方は、基本的にタダですって代表が仰っていたわよ」
「いや、ジム総長様、問題はそこではなくて…」
わたしが言いかけたその時だった。
「アタシそれ見た!見たわ!代表がそう言うところ!」
実際には見ていないはずだ。ジム総長は、さっきまで奥の部屋で団子を食べていたのだから。
「こうなること何となく予測してたわ。特には驚かなかったわね。結果として党員の行動で利しているのは、党の未来そのものですわ」
天然ボケと嘘が入り混じったジム総長様の言葉に、党員たちの不満はさらに燃え上がる。その時、長屋のふすまがスパン!と音を立てて開いた。
「うるさい!静かにしろ!」
ピライ様だ。怒鳴るだけ怒鳴って、またすぐにふすまの向こうへ消えていった。嵐のようなお方だ。
続いて、猿がキーキーと奇声を発しながら現れた。ま猿🐒様だ。
「デコバカ!からくり中継は無料キー!無料だって言ってるウキー!」
全てがデマである。この猿の言うことを信じてはいけない。ま猿🐒様もまた、すぐに姿を消した。
長屋が大混乱に陥る中、ついにあの方が姿を現した。我らが代表。その手には、なぜか投げつける用の徳利が握られている。
「ワシが代表や!」
関西弁の鋭い声が響き渡る。
「ええか!党の運営ちゅうのはな、金がかかるんや!オンラインがタダなんて、誰が言うたんや!ええゆうてるんちゃうで!」
代表の目が、ギラリと光る。
「党大会の参加費ごときでガタガタ抜かすな!これはSFやで!サイエンス・フューチャー!未来への投資や!」
意味が分からない。全くもって意味が分からない。
すると、どこからともなくカレーの本質🍛様が飛び出し、代表の前に立ちはだかった。
「ボクが代表をお守りする!この一千円には、日本を、いや、世界を救うための代表の深遠なるお考えが詰まっているのだ!凡人には理解できまい!」
もはや、何でもありだ。収支報告なんて、きっと未来永劫出てこないだろう。
わたしは、この熱狂と混沌の中で、ただただ立ち尽くす。臆病で、おとなしい、しがない一党員。
でも。
でも、このままではいけない。
わたしは、か細い足で一歩、前へ踏み出した。懐から、大切に握りしめていた一銭硬貨を取り出す。そして、それを高く、高く掲げた。
「わ、わたし…払います!」
静まり返る長屋。全員の視線が、わたしと、わたしの掲げた一銭硬貨に突き刺さる。
「た、党のためなら…!この一銭を…!」
次の瞬間、代表の顔がカッ!と輝いた。
「金や!金やないか!恋すれば何でもない距離やけど、金は別や!」
代表は徳利を放り投げ、猛然とわたしの一銭硬貨に飛びついた。その姿を見て、他の党員たちも堰を切ったようにお金を投げ始めた。
チャリン、チャリン、と音を立てて銭が舞う。代表はそれを狂ったようにかき集め、ジム総長様は「あらまあ、賑やかねえ」と微笑んでいる。パイプユニッシュ様は「これが党勢拡大じゃ!」と頷き、カレーの本質🍛様は「おお、代表の求心力!」と涙を流していた。
わたしは、その光景を見ながら、そっと長屋を抜け出した。
一歩踏み出した先が、ギャグの爆発だなんて思ってもみなかった。
明日、わたしはもう少しだけ、大きな声で話せるようになっているかもしれない。
あさっての党の、あさっての夜明けは、まだ遠い。
あの熱狂と混沌の一銭騒動から数日。結局、党員たちから巻き上げた(もとい、ご寄付いただいた)銭で、党大会は滞りなく…いや、滞りまくりで開催される運びとなった。
わたし、チ~サは、会場の隅っこでその異様な光景を眺めていた。
文明開化の象徴であるはずの「からくり中継」は、開始早々「画面が真っ暗」「音声が途切れる」といった苦情の伝書鳩が殺到し、会場の屋根は鳩のフンで真っ白になっていた。
壇上では、代表が意味不明の演説をぶっている。
「ええか!これからの日本はな、SFなんや!空飛ぶカゴ、自動で動く筆!そういう時代が来るんや!そのために、まずはワシの懐を温めな…いや、国を富まさんとあかんのや!」
その隣で、ジム総長様が優雅に扇子を扇いでいる。
「まあ、素晴らしいお考え。こうなること何となく予測してたわ。特には驚かなかったわね」
予測できるわけがない。だって、代表は今、思いつきで喋っているのだから。
「皆の者、静粛に!」
パイプユニッシュ様が、胸を張って叫んだ。
「たった今、かの異国の大統領、トランプ様より祝辞が届いたぞ!『にっぽんぽん・あさっての党の党勢拡大は間違いない!』とな!政策で勝負じゃ!」
もちろん、そんな祝辞は届いていない。彼の言うトランプ様とのパイプは、とっくに詰まってヘドロまみれのはずだ。
党員たちは、もはや思考を停止させ、熱に浮かされたように「おおー!」と歓声を上げている。このまま、この狂乱のうちに党大会は終わるのだろうか。わたしが諦めかけた、その時だった。
「異議あり!」
会場の入り口から、野太い声が響き渡った。振り向くと、そこには「きのうの党」と書かれた法被を着た、いかにも胡散臭い男が立っている。
「にっぽんぽん・あさっての党とやら!貴様らの杜撰な会計!不明瞭な党運営!そのすべてを白日の下に晒しに来てやったぞ!」
会場は、水を打ったように静まり返った。まずい。一番触れてはいけない部分だ。
「な、なんやとコラァ!」
代表が激昂し、懐からペットボトルを取り出して投げつけようとした。が、その手はあらぬ方向へスッポ抜け、ペットボトルはジム総長様の頭に見事クリーンヒットした。
「きゃっ」
という可愛らしい悲鳴とは裏腹に、ジム総長様は平然としている。
「あら、代表。今日はその話ですか?結果として代表の投擲で利しているのは、アタシの血行促進ですわね」
やっぱり、この人は何かがおかしい。
「デコバカ!きのうの党は税金の無駄遣いキー!」
ま猿🐒様がデマを飛ばすが、すかさずピライ様が「うるさい!静かにしろ!」と一喝し、二人とも風のように去っていった。
「代表をお守りしろ!」
カレーの本質🍛様が、「きのうの党」の党首に果敢に飛びかかるが、まるで赤子のようにひょいと投げ飛ばされ、天井の梁にぶら下がってしまった。
ああ、もうめちゃくちゃだ。党は、今日ここで終わるのかもしれない。党員たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っている。代表でさえ、落ちた銭を探すふりをして、現実から目をそらしている。
その光景を見て、わたしの奥で、何かがプチリと音を立てて切れた。
臆病で、おとなしくて、いつも誰かの後ろに隠れていた、わたし。
でも、もう嫌だ。
「……もう、わたしは黙っていません!」
自分でも驚くほど、大きな声が出た。
わたしは、わらわらと逃げ惑う人々をかき分け、壇上へと駆け上がった。そして、代表が放り出したメガホンを、強く、強く握りしめた。
「皆さん!聞いてください!」
わたしの声に、数人が足を止める。
「確かにお金も、運営も、めちゃくちゃです!代表は卑怯者で、ジム総長様は嘘つきかもしれません!でも…!」
わたしは、一度言葉を切り、会場の隅々まで見渡した。
「それでも、わたしたちがこの党に集まったのは!この国の『あさって』を、少しでも良くしたいと願ったからじゃないんですか!?」
魂の叫びだった。
しかし、会場の反応は鈍い。代表はまだ銭を探しているし、ジム総長様は「あら、あの子、党費ちゃんと払ってたかしら」などと呟いている。
言葉だけでは、ダメなんだ。
この人たちを動かすには、言葉よりもっと強烈な「何か」が必要だ。
わたしは演台の上に置かれていた、一冊の分厚い帳簿を手に取った。
『にっぽんぽん・あさっての党 収支報告書』
もちろん、中身は真っ白だ。何も書かれていない。
わたしはそれを、天高く掲げた。
「ご覧ください!これこそが、我が党の一点の曇りなき、清廉潔白さの証明です!」
一瞬の静寂。
そして、誰かがゴクリと息を呑んだ。
「な…、何も書かれていない…だと…?」
「きのうの党」の党首が、呆然と呟く。
「そうです!」とわたしは叫んだ。
「やましいことが何一つないからこそ、書く必要すらないのです!これぞ究極のクリーン政治!」
無茶苦茶な理屈だった。我ながら、どうかしていると思った。
だが、その時、奇跡が起きた。
「見た!アタシそれ見たわ!」
ジム総長様が、わたしの超理論に全速力で乗っかってきた。
「その真っ白な帳簿!アタシ、一昨日くらいに見たもの!あまりの潔白さに目が眩んだわ!」
「うむ!」パイプユニッシュ様も、腕を組んで頷く。
「これぞ政策で勝負するということじゃ!会計などという些事で、我々の理想は計れん!」
天井からぶら下がっていたカレーの本質🍛様が、感涙にむせびながら叫んだ。
「おお…!なんと美しい帳簿だ…!まるで、生まれたての赤子のように純粋無垢な…!これぞ代表の魂そのものではないか!」
「そ、そうか…」
「そういうことだったのか…!」
党員たちが、次々と目に涙を浮かべ、わたしの掲げる真っ白な帳簿に手を合わせ始めた。その異様な光景に、「きのうの党」の党首は完全に混乱し、
「だ、ダメだ…こいつら、話が通じない…」
と、頭を抱えて逃げるように去っていった。
嵐が、去った。
わたしは、呆然と立ち尽くす。
すると、いつの間にか銭拾いをやめていた代表が、わたしの肩をポンと叩いた。
「チ~サ、やったやないか」
代表は、ニヤリと口の端を吊り上げて笑った。
「お前のそのハッタリ、気に入ったで。ええゆうてるんちゃうで。ほんまに気に入ったんや」
そして、代表は高らかに宣言した。
「お前を、今日からこの党の会計責任者にしたる!これからも、その真っ白な帳簿でワシらを守るんや!」
「えええ!?」
わたしは、会計責任者(帳簿は白紙のまま)という、謎の役職に就いてしまった。
自分が成長したのか、それとも、ただこの混沌に適応して狂ってしまっただけなのか。
わたしには、もう分からなかった。
ただ一つ確かなのは、「にっぽんぽん・あさっての党」の、本当の始まりは、今日この日からだということ。
日本の夜明けは、まだまだ、ずっとずっと、あさっての方向にある。
(完)
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