2025-11-16

あさっての党、瓦版にて炎上す



【ギャグ日本昔話小説】あさっての党、瓦版にて炎上す

わたしはチ~サ。しがない政治団体「にっぽんぽん・あさっての党」にて、お茶汲み兼雑用係を拝命している、しがない娘である。

時は幕末から明治へと移り変わる文明開化の世。人々が希望に胸を膨らませる帝都・東京の片隅で、わたしたちの党は、希望とはまったく別の方向に胸を膨らませていた。

「大変です、代表!一大事にございます!」

わたしは党の屯所であるあばら家の畳を転がるようにして、代表のもとへ駆け寄った。手には今朝一番の瓦版が握りしめられている。

そこには、近ごろ飛ぶように著書が売れていると評判の知念先生なるお方が、我が党の代表の持論を「あり得ない」と一刀両断にした記事がデカデカと載っていたのだ。

「代表!例の、お注射は打つべからずというご持論が…!」

わたしの悲痛な叫びにも、代表は動じない。帳簿(という名のただの白紙)を眺めながら、鼻をほじっている。

「チ~サよ、何を騒いどるんや。ええゆうてるんちゃうで」
「しかし代表!知念先生は、お医者様たちがどれだけ命懸けであったか、それを『医療ビジネス』などと貶めるのはけしからん、と!」

わたしが涙ながらに訴えると、代表はゆっくりとこちらを振り向き、ニヤリと笑った。その金歯が、あばら家の隙間から差し込む西日に反射して、いやらしい光を放つ。

「アホやな、チ~サは。これは好機や。知念はんの瓦版が売れとるいうことは、ワシらの名前も売れるいうことや。ええか、炎上ちゅうもんはな、恋すれば何でもない距離やけど、無名よりはるかにマシな距離なんやで」

言うが早いか、代表はおもむろに足元のペットボトルを手に取り、わたしの頭めがけて放り投げた。わたしはそれを、もはや日常となった動作でひらりとかわす。

「今日はその話ですか?」

突如、背後から涼やかな声がした。ジム総長だ。いつからそこにいたのか、まるで気配がなかった。

「知念先生の件、こうなること何となく予測してたわ。特には驚かなかったわね」
「そ、そうなんですか!?」
「ええ。見た!アタシそれ見た!知念先生が代表のご持論に感銘を受けて、ご自身の著書をすべて焚書にする未来を!」

ジム総長のその言葉に、わたしは開いた口が塞がらなかった。この人はいつもそうだ。見ていないものを「見た」と言い張り、嘘を真実のように語る。

そこへ、福井なまりの大きな声が割って入った。
「政策で勝負じゃ!知念先生ごとき、恐るるに足らんわ!」

パイプユニッシュ様が、自慢のパイプをふかしながら息巻いている。
「拙者には、かの有名なトランプ政権との固いパイプがあるんじゃ。このパイプを使えば、知念先生の瓦版なぞ、明日にはすべて回収させられるわい!」

しかし、その自慢のパイプは、先日から根詰まりを起こしてまったく煙が出ていない。本人はそれに気づいているのだろうか。

「その通りです!」
どこからともなく現れたカレーの本質🍛さんが、目を潤ませながら代表を見つめている。
「代表の御言葉こそが、この世の真理!医学の発展などというまやかしに騙されてはなりません!ボクは命に代えても代表をお守りします!」

すごい。擁護がエクストリームすぎて、もはや何を言っているのか分からない。

その時だった。

「うるさい!静かにしろ!」

屯所の障子がスパン!と開き、ピライ様が仁王立ちで叫んだ。そして、それだけ言うと、またスパン!と障子を閉めて去っていった。嵐のような人だ。

続いて、軒先から猿が一匹、奇声とともに飛び込んできた。
「ウキーッ!デコバカ!」

ま猿🐒様だ。彼はそう叫ぶと、あっという間に天井裏へと消えていった。あとには、「知念先生の正体は、異国の妖怪『ちぱかぶら』だキー!」というデマだけが残された。

もう、めちゃくちゃだ。

代表は満足げに腕を組むと、とんでもないことを言い放った。
「よし、決めたで。こうなったらワシらが『真実のお注射』を売るんや!」
「し、真実のお注射…?」
「中身はただの醤油や。これを打てば万病に効く言うてな。ええか、これはSFやで。サイエンス・フィクションや!」

「素敵!ラベルのデザインはアタシに任せて!」とジム総長が目を輝かせている。「結果として知念先生の行動で利しているのは、わたしたちの新ビジネスよ!」

「その醤油を米国に輸出するんじゃ!党勢拡大は間違いない!」と、詰まったパイプを振り回すパイプユニッシュ様。

わたしは、もう、限界だった。
臆病で、いつもみんなの意見に頷いているだけだった、このわたしが。

「もう……もう、いい加減にしてくださいッ!!」

わたしの叫びに、屯所は水を打ったように静まり返った。代表が、投げようとしていた二本目のペットボトルを宙で止めている。

「わたしたちが本当に戦うべきは、知念先生ではありません!ましてや、お醤油を売ることでもありません!この……この、どうしようもない現状です!」

わたしは、震える手で、散らかった瓦版や、飲みかけのお茶の湯飲みを指さした。

「まずは、この屯所のお掃除から始めませんか…?足の踏み場もないこの場所を綺麗にして、それから、それから党の未来を考えるべきです!」

我ながら、なんとまともな意見だろうか。
きっと、みんなわたしの成長に驚き、感動してくれるに違いない。

しかし。

一瞬の沈黙の後、最初に口を開いたのは代表だった。

「チ~サ……お前……」

代表は、持っていたペットボトルをそっと床に置くと、わたしの肩を掴んだ。

「ええゆうてるんちゃうで。掃除したらホコリが立つやろ。ワシ、喉弱いねん。全部SFやで、お前のその提案は」

そう言うと、代表はなぜか感極まったように、わたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

ジム総長は「見た!アタシ、掃除が原因で党が分裂する未来、はっきり見たわ!」と力説し、パイプユニッシュ様は「掃除は政策ではない!断じて!」と拳を振り上げている。

カレーの本質🍛さんに至っては、「代表の神聖なるお身体をホコリから守る!それこそがボクの使命!」と、なぜか腕立て伏せを始めた。

わたしは、呆然と立ち尽くす。
わたしの、生まれて初めての、魂の反論は、こうして誰にも届くことなく、明治の空に虚しく消えていった。

でも、少しだけ、ほんの少しだけ、胸がすっとした気もする。
この人たちはどうしようもない。だけど、このどうしようもない人たちの中で、わたしだけは、まともでいよう。そしていつか、この屯所に掃除機を……いや、ほうきとちりとりを持ち込んでみせる。

わたし、チ~サの、あさってを向いた戦いは、まだ始まったばかりなのであった。




わたしの、生まれて初めての魂の反論が、誰にも届くことなく明治の空に消えていったあの日から。
わたしは、たった一人で戦いを始めた。

そう、屯所の大掃除という、静かなる革命を。

「よ、よいしょ…!」

濡れ雑巾を固く絞り、わたしは煤けた床を拭き始めた。
しかし、我が党の面々は、そんなわたしのささやかな革命を、全力で妨害しにかかる。

「チ~サよ!お前のせいでホコリが舞って喉がイガイガするやないか!どうしてくれるんや!ええゆうてるんちゃうで!」

代表が、醤油の入ったペットボトルを次々と投げつけてくる。もはや避け方も芸術の域に達したわたしは、ひらり、ひらりと身をかわし、掃除を続ける。

「見た!アタシそれ見た!チ~サが床を磨けば磨くほど、この国の景気が悪くなる未来!」

ジム総長が、さも重大な国家機密を告げるかのように言う。
「結果としてチ~サの行動で利しているのは、幕府の残党よ!」
もうスケールが大きすぎて、ついていけない。

「掃除ごときで党の何が変わるんじゃ!政策で勝負せい、政策で!」
パイプユニッシュ様は、詰まったパイプを電話に見立てて、「もしもし、トランプ殿?ああ、拙者じゃ」などと、時空を超えた交信を試みていた。

「代表のおわす神聖な空間を浄化するなど、百年早いわ!」
カレーの本質🍛さんは、なぜか滝に打たれながら(もちろん屯所の中で)、わたしを睨んでいる。いったいどこからその水を持ってきたというのか。

「うるさい!静かにしろ!」「デコバカ!」
ピライ様とま猿🐒様は、いつものように一言だけ叫んで去っていく。

わたしは、孤立無援だった。
雑巾を握りしめる手に、涙がぽたりと落ちた。
もう、ダメかもしれない。この人たちには、何も届かないんだ。

そんな折だった。代表の例の「真実のお注射(ただの醤油)」が、ひょんなことから江戸の町で大評判となってしまったのだ。
ま猿🐒様がばらまいた「これは不老不死の薬だキー!」というデマと、ジム総長の「アタシ、これ打って若返った人、見た!」という大嘘が奇跡の化学反応を起こし、屯所には救いを求める民衆が殺到したのである。

「代表様!どうか我らをお救いくだせえ!」
「このお注射を一本!」

代表は山積みの小判を前に、下品な笑いが止まらない。
「ウヒョー!笑いが止まらんで!金儲けっちゅうもんは、恋すれば何でもない距離やけど、やめられまへんなあ!」

党は、虚構の富に酔いしれていた。
わたしは、その光景をただ黙って見ていることしかできなかった。

その、狂乱の宴を終わらせに来たのは、一人の男だった。
知念先生である。

「こんな馬鹿げた茶番は、今すぐやめなさい!」

知念先生は、屯所の真ん中で仁王立ちになると、静かだが、魂のこもった声で言った。
「命を懸けて病と闘う医療従事者たちへの、これは冒涜だ!あなた方に、人の命を弄ぶ資格などない!」

その圧倒的な正論と気迫を前に、あれほど騒がしかった屯所が、水を打ったように静まり返った。

代表の顔から、笑みが消える。
「な、何を言うとるんや、先生。これは、その…SFやで!」
いつもの口癖が、虚しく響く。

「こ、こうなること、何となく予測してたわ…」
ジム総長の顔は、青ざめていた。

「せ、政策で……」
パイプユニッシュ様の手から、愛用のパイプが滑り落ちた。

民衆が、ざわめき始める。「本当はただの醤油なんじゃ…?」「俺たち、騙されてたのか…?」

まずい。代表が、後ずさりしている。あの卑怯な顔は、すべてを放り出して逃げる時の顔だ。

ダメだ。今、この人が逃げたら、本当に、すべてが終わってしまう。

わたしは、気づけば駆け出していた。
そして、民衆と、知念先生の前に立つと、人生で一番深く、深く、頭を下げた。

「まことに、申し訳ございませんでしたッ!すべて、わたしたちの間違いです!」

しわがれた声が出た。
わたしは顔を上げ、今まさに逃げ出そうとする代表に向き直った。

「代表ッ!!」

ビクリ、と代表の肩が震える。

「もう、やめましょう!お金も、人気も、もういいじゃないですか!嘘で固めたものに、一体どんな意味があるというんですか!」

涙が、後から後から溢れてくる。

「わたしは……わたしは、この党が、好きなんです!めちゃくちゃで、どうしようもなくて、いつも足の踏み場もなくて!でも…でも、みんなで車座になって、日本のあさってを語り合っていた、あの時間が…好きだったんです!」

わたしの言葉に、ジム総長が、パイプユニッシュ様が、カレーの本質🍛さんが、ハッとした顔でわたしを見つめる。

「わたしが掃除をしていたのは、ただ屯所を綺麗にしたかっただけじゃありません!ホコリまみれのこの場所を、もう一度、みんなで笑い合える場所に!ちゃんと未来の話ができる、わたしたちの『家』に、したかったんですッ!」

臆病者の、しがないお茶汲み娘の、魂の叫びだった。

静寂が、落ちる。

代表は、俯いたまま、しばらく動かなかった。
やがて、ゆっくりと顔を上げると、民衆の方へ向き直り、そして。

土下座した。

「……すんまへんでした」

絞り出すような声だった。

「この子の…この子の言う通りや。ワシが…ワシが、全部、間違っとった。ほんまに、すんませんでした!」

代表が、泣いていた。
わたしは、初めて見る代表の涙に、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


……
………

「にっぽんぽん・あさっての党」は、世間から凄まじい非難を浴び、事実上の解散状態となった。

しかし、数日後。
誰もいなくなったはずの、あのボロい屯所に、ぽつり、ぽつりと、明かりが灯っていた。

わたしが雑巾で床を拭いていると、代表がやってきた。
ジム総長も、パイプユニッシュ様も、カレーの本質🍛さんも、いつの間にかそこにいた。

誰も何も言わない。
ただ黙々と、屯所の掃除を始めた。

すると、代表が、おもむろにペットボトルをこちらに投げてきた。
わたしは身構えたが、それは力なく、わたしの足元にコトリと転がった。

中身は、醤油ではなかった。綺麗に透き通った、お茶だった。

「チ~サ」

代表が、ぶっきらぼうに言った。

「…お茶や。掃除、手伝うで」

その言葉を合図にしたように、ジム総長が、少しだけ得意げに言った。
「アタシ、こうなること予測してたわ。この屯所が、東京で一番綺麗になる未来、ちゃんと見てたんだから!」
それは、初めて聞く、本当の言葉のような気がした。

「党勢拡大は、まず足元からじゃ!」
パイプユニッシュ様がそう叫んだ瞬間、彼の詰まっていたパイプから、ポンッ!と、小さく、本当に小さな煙が上がった。

わたしたちは、顔を見合わせ、そして、誰からともなく、笑い出した。

明日も、あさっても、きっとわたしたちはどうしようもないだろう。
でも、ホコリの無くなったこの屯所でなら、もう一度、始められる。

わたしの、そしてわたしたちの、本当の夜明けは、すぐそこまで来ている。


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