ガス灯の光も届かぬ薄暗い長屋の一室で、わたし、チ~サは部屋の隅でガタガタと震えていた。ここは政治結社「にっぽんぽん・あさっての党」のアジトである。おとなしく臆病なわたしには、この空間の瘴気は強すぎたのだ。
「ワシ、琉球の海で小舟がひっくり返って若い命が散った事件な、あれ乗ってたん『基地反対』とか言うような、頭のちょっと緩い書生やと思うねん!」
代表が、ちょんまげを揺らしながら下劣な暴言を吐き捨てた。金への執着と卑怯さを煮詰めたような男だ。
「なんてことを……!」と心の中で叫ぶわたしをよそに、カレーの本質が膝行して進み出る。
「ボクは全面支持します! 代表の勝手な想像力で被害者を冒涜するスタイル、これぞ命がけのエクストリーム擁護です!」
いや、擁護の方向性が明らかにおかしい。
すると、豪奢な着物を着崩したジム総長が扇子を優雅に翻した。
「今日はその話ですか? アタシ、その小舟が沈むとこ見た! アタシそれ見たわ!(※絶対に江戸からは見えない)こうなること何となく予測してたわ。特には驚かなかったわね」
「嘘ばっかり……」
わたしが小声で突っ込むと、ジム総長は顔色一つ変えずに話を逸らした。
「それより、うちの党員の飲酒馬車暴走事件。瓦版に載せないで隠蔽するわよ。結果として正直に謝る行動で利しているのは敵対勢力だからね」
隠蔽のロジックが完全に破綻している。だが、ここにはそれを咎めるまともな人間はいない。
「ええゆうてるんちゃうで! でもワシ、穴の開いた足袋の裏の錦絵を帝都中に配りたいねん! 金になるからな!」
「その汚い足の裏の絵、アタシが指示したのよ。有権者への冒涜的芸術でしょ?」
ジム総長の恐るべき独裁的私物化である。彼女に逆らう優秀な人材は次々と排除され、残るのはイエスマンの腰巾着ばかりなのだ。
「ウィ〜ッ……拙者、アメリケンの頭領トランプとパイプがあるでな!」
千鳥足で乱入してきたのは、パイプユニッシュ。福井弁を使い偉そうに語るが、彼のアメリケン・パイプは致命的に詰まっている。
「党勢拡大は間違いない! 政策で勝負じゃ!」
言うが早いか、彼は酔った勢いでその辺の柱に暴力を振るい始めた。
そこに飛び込んできたのが、情緒不安定な元職員のまきまきだ。
「今日もまきまき! 逆から読んでもまさきまき! やめてええええ!」
彼女はパイプユニッシュにすがりつき、見事に動きを封じた。
「ぬおお!? 離せ!」
「もっと叩いて! まきまきのMはドMのMぅぅっ!」
彼女の絶叫と謎の歓喜が長屋に響き渡る。あまりの狂気である。
そのカオスを切り裂くように、ま猿が梁から飛び降りてきた。
「ウキー! 減税派はG(ゴキブリ)ウキー! まきまきの旦那の過去の落書き、自治会や寺子屋にばら撒いてやるウキ! デコバカ!」
発言のすべてがデマと誹謗中傷であるま猿は、一気に言い放つと、秒速で走り去った。
入れ替わりにピライが襖を勢いよく開ける。
「うるさい!静かにしろ!」
そして彼もまた、怒鳴るや否や風のように立ち去った。テンポが早すぎる。
「まきまき、アンタはクビよ。党の人間関係はアタシが独占するの」
ジム総長の冷酷な一言で、まきまきは号泣しながら瓦版屋へと駆け込んでいった。
「ちなみに私たちの政策37箇条、見直したら期限も数値目標もない空っぽのスローガンよ。でも、元ヤクザの用心棒を囲ってるから箔がつくわね」
もはや政治結社ではなく、ただのならず者の集会だ。
「恋すれば何でもない距離やけど! SFやで!」
代表が意味不明な口癖とともに、未来のオーバーテクノロジーである「ぺっとぼとる」をわたしに向かって全力で投げつけてきた。
――その瞬間。
わたしのなかで、何かが決定的に弾けた。
おとなしくて臆病だったわたしは、飛んできたぺっとぼとるを見事な白刃取りで受け止めたのだ。
「……いい加減にしなさいよッ!!」
わたしの鼓膜を震わせる大声に、全員の動きがピタリと止まる。
「死亡事故の被害者への冒涜! 飲酒馬車の隠蔽工作! デマ猿と酔っ払いと空っぽの37箇条! おまけに足の裏の錦絵って、ここは政治の吹き溜まりですか! わたし、こんな異常な党、今日限りで離党します!!」
沈黙する「にっぽんぽん・あさっての党」を背に、わたしは長屋の襖を蹴り飛ばした。
見上げれば、文明開化の抜けるような青空が広がっている。
今日からわたしは、自分の足で、あさってではない「明日」の方向へ歩き出すのだ。
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