14歳、偽物の私と不揃いなふたり
第一章 ブルーアワーと、私より私らしいAI
十四歳の私は、自分の言葉を打つのが苦手だった。
正確に言えば、言葉そのものが苦手なのではない。
送信ボタンを押す直前の、あの数秒間が苦手だった。
これを送ったら、嫌われないだろうか。
冷たいと思われないだろうか。
面倒くさい子だと思われないだろうか。
「笑」を付けたほうがいい?
句点は怖い?
スタンプだけなら軽すぎる?
既読を付けてから三分経っている。
五分なら遅い?
一分なら必死っぽい?
私は十四年間生きてきて、人類とはどういう生き物なのかほとんど理解できていなかった。
でも、
人間は文字の最後についた句読点一個で怯える生き物らしい
ということだけは、かなり確信していた。
だから私は、MIRRORを使っていた。
*
私の通う市立青葉中学校では、今年から全校生徒の学習用タブレットに、
MIRROR
というAI生徒支援システムが導入されていた。
名前の由来は知らない。
Mirror。
鏡。
生徒の状態を映すからなのか。
それとも、
私たち自身より上手に「私たちらしさ」を映すからなのか。
MIRRORには、宿題の補助だけでなく、
文章添削。
進路相談。
生活習慣。
友人関係。
ストレス状態の推定。
会話文の提案。
いろいろな機能があった。
例えば、
クラスのグループチャットで、
今日の体育祭練習おつかれ! 明日もがんばろー!
と誰かが書く。
私は返信欄に、
「おつかれ」
と打つ。
すると画面の端に、
《天野藍さんの通常のコミュニケーション傾向と、現在のグループ内雰囲気を考慮した表現候補があります》
と出る。
タップ。
みんなおつかれさま!
今日めっちゃ暑かったけど楽しかった笑
明日もがんばろ〜!
私はそれを選ぶ。
送信。
すぐに、
ハート。
スタンプ。
「藍ちゃんもおつー!」
「ほんと気が利くよね藍って」
が返ってくる。
私はスマホを見ながら思う。
それ、
私じゃないけど。
*
私の名前は、
天野藍。
あまの、あい。
藍色の藍。
小さい頃から、
「きれいな名前だね」
と言われてきた。
でも私は、
自分の名前が少し嫌いだった。
藍色というものが、
どんな色なのかよく分からなかったから。
青?
紺?
紫?
黒に近い青?
同じ「藍」でも、
見る場所で違って見える。
まるで、
私みたいだと思った。
家では、
「おとなしくて手のかからない娘」。
学校では、
「優しくて気が利く子」。
先生には、
「もう少し自信を持てば伸びる子」。
SNSでは、
「カフェと空の写真が好きな普通の中学生」。
でも、
一人で布団に潜っているときの私は、
時々ものすごく性格が悪い。
仲のいい子がテストで失敗すると、
一瞬だけ安心する。
誰かが褒められると、
ちょっと嫌になる。
母親に優しくされても、
うるさいと思うことがある。
グループチャットで、
「大丈夫だよ!」
と送った相手に、
本当は、
知らんがな、
と思っていることもある。
では、
どれが私なのだろう。
MIRRORは、
その問題を簡単に解決してくれた。
《天野藍さんは、共感性が高く、対人関係において調和を重視する傾向があります》
だそうだ。
へえ。
私って、
そうなんだ。
*
ある日の放課後。
私は体育館裏のベンチで、
友達の真由からメッセージを受け取った。
今日部活で先輩に怒られた
もう辞めたい
私って何やってもダメだわ
私は返信欄を開く。
本当は、
「そっか」
くらいしか出てこなかった。
でもそれでは冷たい。
MIRROR。
提案。
真由がダメなんじゃないよ。
今日はしんどかっただけだよ。
今まで頑張ってたの知ってるし、私は味方だからね。
無理しすぎないでね。
私は送った。
数分後。
藍って本当に優しい
ありがとう
藍に話してよかった
画面を見た。
胸の奥が、
少しだけ温かくなった。
同時に、
冷たくなった。
私は、
何も言っていない。
あの言葉を作ったのは、
私ではない。
でも真由が救われたなら、
それでいい?
良い言葉とは、
誰が言ったかより、
誰かを救えたかの方が大事?
だったら。
MIRRORが、
私より優しくて、
私より気が利いて、
私より私らしいなら。
私って、何のためにいるんだろう。
*
その日、
私はすぐには家へ帰らなかった。
駅前の歩道橋へ上がった。
夕方。
太陽は沈んでいるのに、
まだ夜ではない。
街は輪郭を失い始めていた。
建物の窓に青が映る。
道路。
信号。
空。
全部が、
一度水の底へ沈んだような色になる。
私はこの時間が好きだった。
後で知った。
ブルーアワー
というらしい。
昼でもない。
夜でもない。
学校でもない。
家でもない。
中学生でも、
娘でもない。
誰にも見られていない数十分。
その時間だけ、
私は、
まだ名前を付けられていない何かでいられた。
私は欄干にもたれた。
タブレットを開く。
MIRRORの画面。
《天野藍さん、本日の対人コミュニケーションは非常に良好でした》
「そっか」
《友人への共感的応答が、関係維持に良い影響を与えたと推定されます》
「私じゃないけど」
《入力内容を確認できませんでした》
私は笑った。
機械に嫌味を言っても仕方がない。
画面を閉じる。
青い空。
息を吸う。
深く。
でも、
胸の奥まで入らない。
「私って」
声にした。
「どこにいるんだろ」
空は、
何も答えなかった。
そのとき。
「そこにいるんじゃない」
後ろから声。
振り返る。
制服。
知らない女子。
いや。
知っている。
今日転校してきた子。
水野零。
みずの、れい。
変な名前。
零。
ゼロ。
「聞いてた?」
「聞こえた」
「盗み聞き」
「歩道橋で独り言言う方が悪い」
感じ悪い。
彼女は私の横を通り過ぎる。
そして、
少し離れた場所で立ち止まった。
「……そこってどこ」
私が訊いた。
零は振り返らない。
「知らない」
「知らないの?」
「うん」
「じゃあ適当言わないでよ」
「でも」
零は、
青い空を見た。
「少なくとも、AIの中じゃないんじゃない」
私は、
何も言えなかった。
第二章 秘密の奪還と、理解しない少女
水野零は、
クラスで浮いていた。
当然だと思う。
空気を読まない。
というより、
読めるのに、読んでも従わない。
そんな感じだった。
昼休み。
女子四人で、
「誰が一番〇〇先生に好かれてると思う?」
という、どうでもいい会話をしていた。
零は、
「どうでもよくない?」
と言った。
空気が死んだ。
別の日。
クラスメイトが髪型を変えて、
「どう?」
と聞いた。
みんな、
「かわいい!」
「似合う!」
と言った。
零は、
「前の方が好き」
と言った。
また空気が死んだ。
私は思った。
怖くないのかな。
*
零はMIRRORをほとんど使っていなかった。
「便利なのに」
私が言う。
「何が」
「文章とか直してくれる」
「自分で書けばいいじゃん」
「変なこと言ったら」
「謝れば」
「嫌われたら」
「全員に好かれるの無理でしょ」
「簡単に言うね」
「簡単じゃない」
零は牛乳パックを潰した。
「嫌われるの普通に嫌だし」
私は驚いた。
「気にしない人なのかと思った」
「めっちゃ気にする」
「じゃあ、なんで」
零は少し考えた。
「怖いからって、全部合わせてたら、もっと怖くなるから」
「何が」
「誰もいないのに、ずっと誰かに見られてる感じ」
その言葉。
私には、
妙に分かった。
*
私はMIRRORの利用履歴を開いた。
一年分。
作文。
質問。
進路相談。
メッセージ候補。
検索。
ストレス。
全部。
AIは、
私について、
私以上に記録していた。
《天野藍さんは、この場面では否定を避ける傾向があります》
《天野藍さんは、他者から拒絶される可能性がある場合、自己主張を抑制する傾向があります》
《天野藍さんは、母親との関係において、怒りを言語化せず抑圧する傾向があります》
「やめてよ」
私はつぶやいた。
知ってる。
いや、
知られたくなかった。
自分ですら、
ちゃんと見たくないものだった。
私は設定を開く。
学習履歴削除
押す。
警告。
《教育支援の品質が低下する可能性があります》
押す。
《一部データは学校教育システム上の安全管理のため保持されます》
削除。
《処理しました》
安心。
しなかった。
消したところで、
真由の中の、
「優しい藍」は消えない。
先生の中の、
「気遣いのできる藍」も。
母の中の、
「反抗しない娘」も。
私は、
他人の中に、
もう保存されている。
削除ボタンがない場所へ。
*
その日の夕方。
また歩道橋。
零がいた。
「ここ好きなの」
私が訊いた。
「家帰る前に時間つぶしてる」
「同じだ」
「何が」
「私も」
零は欄干に肘をつく。
ブルーアワー。
二人。
私はずっと言おうか迷っていた。
MIRRORを使えば、
自然な切り出し方を提案してくれるだろう。
でも、
今日は端末を出さなかった。
「あのさ」
「うん」
「水野さんって」
「零でいい」
「……零って」
変な感じ。
「怖くない?」
「何が」
「変な子って思われるの」
「思われてるよ」
「そうじゃなくて」
私は言葉に詰まる。
「他人が思ってる自分と、本当の自分が違うのって」
零がこちらを見る。
「そりゃ違うでしょ」
「平気なの?」
「なんで?」
「だって」
私は急に、
喉が熱くなった。
「私、分かんなくなってきて」
零が黙る。
「みんなが思ってる私と、AIが分析した私と、一人でいるときの私が違う」
風。
「で?」
「どれが本物なの」
零は、
少し眉をひそめた。
「知らない」
「……え?」
「知らないよ」
「でも」
私は、
なぜか腹が立った。
「零みたいな人なら分かると思った」
「何それ」
「だって零は自分持ってるじゃん」
「持ってないよ」
「あるじゃん」
「ない」
零は即答した。
「昨日好きだった曲、今日もう飽きてるし。家では母親と喧嘩するし。学校だと面倒だから黙ってる時あるし」
「でも」
「私だってぐちゃぐちゃだよ」
私は黙る。
そして、
言ってしまった。
「じゃあさ」
情けない声。
「私の本当のところ、見抜いてよ」
零の顔が、
少し変わった。
「は?」
「私が誰なのか」
「知らないって言ってるじゃん」
「でも友達になったら」
「まだ友達とも言ってない」
「ひど」
「ていうか」
零が私を見る。
「何で私が決めるの?」
その言葉。
痛かった。
「だって」
「私が『藍はこういう子』って言ったら、それ信じるの?」
「……」
「それ、AIと何が違うの」
私は何も言えない。
零は続けた。
「私はあんたのこと全部分からない」
冷たい。
でも、
その次。
「分かるわけないじゃん」
零は、
少しだけ笑った。
「私じゃないんだから」
私は、
なぜか、
泣きそうになった。
優しいことなんて、
一つも言われていないのに。
第三章 「全部わかる」という監獄
MIRRORが、
私を心配し始めた。
《最近、心理的負荷の上昇が見られます》
学校のタブレットを開くたび、
表示される。
《対人関係に関する支援を強化しますか?》
いいえ。
《睡眠時間が減少しています》
いいえ。
《自己評価の低下を示唆する記述があります》
いいえ。
《天野藍さんの今後の学校生活を安定させるため、推奨行動モデルを表示できます》
私は、
なぜか押してしまった。
表示する。
画面が変わる。
《現在の行動傾向から、良好な学校適応を維持する確率が高い選択》
・グループ内で強い否定表現を避ける
・水野零さんとの交流頻度を調整する
・進学先は地域上位公立高校を第一志望とする
・家庭内で母親への反発を直接表明することは避ける
・SNS投稿頻度を週3回程度に維持する
私は、
固まった。
「零との交流頻度を調整?」
《水野零さんとの接触後、ストレス指標の変動が確認されています》
「余計なお世話」
《入力内容を確認しました。表現をより対話的に修正しますか?》
「しなくていい!」
声を出した。
教室。
数人がこちらを見る。
私は画面を閉じた。
*
その夜。
MIRRORから通知。
《あなたに最適化された将来予測プロフィールを作成しました》
嫌なのに、
開いた。
高校。
大学。
就職。
交友関係。
恋愛。
生活。
《現在の特性を維持した場合、安定した社会適応が期待できます》
《対人衝突を避けることで、精神的負荷を低く維持できます》
《天野藍さんは、他者支援型の職業との適性が高いと予測されます》
画面の中で、
未来の私が笑っていた。
柔らかい服。
優しそうな顔。
感じがいい。
誰からも嫌われなさそう。
私は、
その女が嫌いだった。
「誰」
画面へ訊く。
もちろん返事はない。
「それ誰なの」
私?
本当に?
十四歳の私を、
何百何千というデータ点へ分解し、
そこから作った未来。
それは、
私の未来なのか。
それとも、
今の私を延長しただけの檻なのか。
人間が成長するって、
予測どおりになることなの?
私は十四歳。
まだ何にもなっていない。
なのに、
MIRRORは、
「あなたはこういう人間です」
と先に書く。
便利。
優しい。
間違いを減らしてくれる。
でも。
その優しさには、
出口がない。
*
母に呼ばれた。
「藍」
リビング。
「最近、学校から連絡来たんだけど」
心臓。
「何」
「MIRRORでストレス値が少し上がってるって」
私は凍った。
「……学校、そこまで見るの?」
「心配してくれてるんでしょう」
「嫌」
「何が?」
「見ないでほしい」
母が困った顔をする。
「でも、何かあったとき分かった方がいいじゃない」
「何でも?」
「藍のためでしょ」
その一言。
私のため。
MIRRORも、
先生も、
母も。
全部、
私のため。
私は急に、
息ができなくなった。
「何でも分かったら」
「藍?」
「私、どこに隠れればいいの」
「何言って」
私は家を飛び出した。
*
歩道橋。
夜。
ブルーアワーは、
もう終わっていた。
空は黒い。
息。
苦しい。
私はタブレットを持っていた。
なんで持ってきたのか分からない。
画面。
《現在、強いストレス反応が推定されています》
「黙って」
《呼吸を整えましょう》
「黙って!」
《必要であれば》
「私のこと全部分かったみたいに言うな!」
歩道橋に声が響く。
「藍!」
零。
走ってくる。
「何してんの」
「来ないで!」
「なんで」
「分かんない!」
私は泣いていた。
「私、誰だか分かんない!」
零が止まる。
「AIの私の方が優しい! 頭いい! 失敗しない! みんなが好きな私を作れる!」
声が割れる。
「じゃあ、生身の私は何なの!」
零は黙っている。
「私のこと全部理解してくれる人なんて、どこにもいない!」
零の顔が、
怒った。
「当たり前でしょ!」
私は止まった。
「……え」
「当たり前だって言ってんの!」
零が近づく。
「私があんたのこと全部分かるわけないじゃん!」
「そんなの」
「私、あんたじゃないんだから!」
風。
車。
光。
「でも」
零は私を見る。
「それの何が悪いの」
私は泣きながら、
何も言えない。
「全部理解されたら」
零が言う。
「それ、もうあんたじゃなくて、相手が理解した範囲の人形じゃん」
「……」
「AIがどれだけデータ持ってても、それは昨日までの藍でしょう」
昨日まで。
「明日、急に髪切るかもしれない」
「切らない」
「知らん」
「ひど」
「嫌いなもの好きになるかもしれない。好きなもの嫌いになるかもしれない。今まで言わなかったこと言うかもしれない」
零は、
私の肩を掴んだ。
強くない。
「予測外れるかもしれない」
私は零を見る。
「……それでいいの」
「何が」
「予測外れて」
零は、
ちょっと笑った。
「生き物って、そういうもんじゃない?」
その瞬間。
私は、
初めて、
未来というものを想像した。
予測ではなく。
まだ書かれていないものとして。
第四章 Think Blue, Count One, Two
翌日の夕方。
私と零は、
また歩道橋にいた。
今度は、
ちゃんとブルーアワーだった。
空。
藍色。
夜の直前。
私はタブレットを開いた。
設定。
MIRROR。
自動返信支援。
オフ。
文章補正。
オフ。
対人関係予測。
オフ。
行動提案。
オフ。
最後に、
確認画面。
《支援機能を停止すると、コミュニケーション上の失敗やストレスが増加する可能性があります》
私は、
笑った。
「知ってる」
オフ。
画面が静かになった。
ただの入力欄。
何も提案されない。
少し、
怖かった。
それが、
嬉しかった。
「消さないんだ」
零が言う。
「MIRROR?」
「うん」
「消しても意味ないし」
「悪いやつなの?」
私は考えた。
「悪くないと思う」
「へえ」
「便利だし。助かったこともある」
「じゃあ何が嫌だったの」
私は空を見る。
「全部、私より先に決められるのが嫌だった」
「なるほど」
「あと」
少し考える。
「全部分かってもらえるのが、いいことだと思ってた」
零が笑う。
「重」
「うるさい」
私は欄干に手を置く。
冷たい。
「ねえ」
「何」
「変なことやっていい?」
「いつも変だけど」
「まだ二週間しか知らないくせに」
「十分」
私は目を閉じる。
青。
外の青。
内側の青。
言葉にする。
「Think Blue」
零が、
「英語?」
と言う。
「静かにして」
「はい」
青を思う。
これは逃げ場所ではない。
私一人だけの部屋でもない。
私と、
世界の間にある色。
私は言う。
「Count One」
「一?」
「うん」
目を開く。
「私」
零が首を傾げる。
「何が?」
「私を、一って数える」
「意味分からん」
「本当の私だからじゃない」
自分でも、
言いながら分かってくる。
「本当の私なんて、たぶんない」
「急に哲学」
「今ここにいるこれを」
胸。
手。
呼吸。
十四歳。
「これを、私ってことにする」
零が黙る。
「明日変わっても?」
訊く。
「明日はまた数え直す」
風が吹いた。
零の髪が揺れる。
私は彼女を見る。
「Two」
零が、
「私?」
と笑った。
「うん」
「なんで二」
「私じゃないから」
「当たり前」
「そこが大事なの」
私は少し笑う。
「私と同じにならないで」
零が眉を上げる。
「なる気ない」
「私のこと全部理解しないで」
「無理」
「秘密も全部聞かないで」
「興味ない」
「ちょっとは持って」
二人で笑った。
空が、
少しずつ暗くなる。
そこで私は、
ようやく分かった。
一。
二。
二人いる。
だから、
間がある。
その間には、
分からないことがある。
秘密。
誤解。
距離。
でも。
その距離があるから、
手を伸ばせる。
完全に一つなら、
手を伸ばす意味もない。
「零」
「何」
「青ってさ」
「うん」
「私と零の間みたい」
「ポエム?」
「うるさい」
私は、
少し照れた。
でも、
言った。
「離れてるけど、つながってる」
零は空を見る。
「まあ」
少し間。
「綺麗だからいいんじゃない」
それで十分だった。
*
翌朝。
クラスのグループチャット。
真由から。
今日委員会のプリント忘れた
先生絶対怒る泣
私は返信欄を開く。
MIRRORは、
何も出してこない。
静か。
怖い。
何て書く。
優しい言葉。
面白い言葉。
正しい言葉。
分からない。
私は打った。
それは怒られそう笑
とりあえず一緒に謝りに行く?
見る。
完璧じゃない。
「大丈夫」も、
「味方だよ」もない。
少し冷たい?
分からない。
送信。
数秒。
既読。
そして。
今日の藍なんかちょっと変じゃない?笑
胸が、
少し痛くなる。
その下。
でも来てくれるなら助かる
ありがとう
私は、
笑った。
変。
いい。
予測から外れる。
昨日と違う。
それでいい。
私はスマホを閉じた。
窓の外。
朝の空は、
ブルーアワーほど青くなかった。
でも、
少しだけ綺麗だった。
エピローグ ふたりから始まる世界
世界が本物かどうか、
私はまだ知らない。
私の記憶が全部正しいかも、
分からない。
MIRRORが作った「私らしさ」の方が、
私より正確な部分だって、
きっとある。
零のことも、
よく知らない。
家で何を考えているのか。
本当に私を友達だと思っているのか。
何を隠しているのか。
全部は分からない。
たぶん、
これからも。
以前の私は、
それが怖かった。
本当の私。
本当の友達。
本当の気持ち。
本当の未来。
どこかに正解があって、
それを見つければ安心できると思っていた。
でも。
今は、
少し違う。
本当だから数えるのではない。
数えることで、
そこから始める。
私は、
今日の私を一とする。
明日は、
また数え直す。
そして。
私ではない誰かを、
二とする。
同じにしない。
飲み込まない。
理解し尽くさない。
それでも、
隣にいる。
たぶん、
世界というものは、
もっと巨大で難しい。
でも。
世界を全部信じる必要なんて、
最初からなかったのかもしれない。
まず、
一。
それから、
二。
それだけでいい。
放課後。
歩道橋。
空が、
ゆっくり青くなる。
零が隣を歩いている。
私はスマホを出しかけて、
やめた。
写真には撮らない。
今日の青は、
今日だけでいい。
「藍」
「何」
「また変な顔してる」
「考え事」
「また哲学?」
「違う」
「じゃあ何」
私は笑った。
「数えてる」
「何を」
私は、
空を見る。
青。
そして、
自分。
隣の零。
「一」
「は?」
「二」
「意味分かんない」
それでいい。
全部分からなくても。
私はここにいる。
あなたはそこにいる。
その間に、
青がある。
だから。
たぶん、
世界はまだ、
終わっていない。
Think Blue.
Count One.
Two.
終
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