飯山あかりという存在
ああ、今日はその話ですか。
それにしても、飯山あかり、か。
「みなさんこんにちは飯山あかりでーす、あかりちゃんねるでーす!お元気ですか~!」
あの甲高い、けれどどこか媚びたような声が、アタシの脳内で執拗にリフレインする。初めて彼女を見たとき、正直、衝撃だった。保守の論客というより、秋葉原あたりにいそうな、賞味期限切れかけのアイドル崩れ。それが、アタシたちの、そう、あの代表と事務総長であるアタシが血眼になって立ち上げた日本保守党を、こともあろうに離れるという。
執着と因縁
Hanadaの編集長は、電話口で冷静に言った。「政党には批判的な人は必ずいる。いちいちそんなこと気にしてたら身が持たないよ」。そりゃ、そうよ。百も承知だ。右から左に受け流すように、アタシは適当に相槌を打った。けれど、飯山あかりは、ただの批判者とは違う。彼女の存在は、アタシにとって、まるで胃の裏にこびり付いたポリープのように、無視できない、特別なのだ。
なぜ、そこまで気になるのか? ライバル? 利用価値のある駒? それも、否定はしない。でも、それだけじゃない。もっと、こう、業のような、因縁めいたものが、アタシと彼女の間には渦巻いている気がするのだ。
初めて会ったのは、まだ党の立ち上げ前、それこそ、この埃っぽい事務所も、ろくに机も揃っていなかった頃だ。代表の、あの暑苦しい関西弁丸出しの熱い演説に、まんまと感銘を受け、半ばボランティアとして参加したときだった。
彼女はすでに、ネットの世界で、細々とではあるが、一定の知名度を持っていた。猫なで声と、計算された上目遣い。そのあざとさと、ある種の危うさに、アタシは微かに惹かれた。
欺瞞と疑念
彼女の演説は、いつも扇情的だった。純粋な愛国心に、巧妙な嘘と、承認欲求という名の毒を織り交ぜる。聴衆は、まるで操り人形のように熱狂し、彼女を救世主か何かのように崇め奉る。アタシは、その光景を、いつも醒めた目で見ていた。そして、言いようのない嫌悪感と、羨望が入り混じった、複雑な感情に苛まれていた。
(彼女は、一体何がしたいんだろう? この国を、どこに連れて行こうとしているんだろう? いや、そもそも、この国のことなんて、本当に考えているのか?)
その疑問は、日増しに大きくなっていった。まるで、アタシの心臓に絡みつく蔦のように、締め付けてくるのだ。
「言論弾圧? そんな大それた単語を使って印象操作するのもいいかげんにしたほうがいい」
アタシは、誰もいない空間に向かって、苛立ちを隠せない口調で呟く。
揺れ動く心と決意
「事務総長、お茶が入りましたよ」
控えめなノックと共に、ちさの声が、アタシの深淵へと沈みかけていた思考を、無理やり引き上げる。
「ああ、ありがとう。そこに置いておいて」
アタシは、事務的な笑顔を貼り付けた。
「あの……、飯山さんのこと、やっぱり気になりますか?」
ちさの、まるで子猫のように震える声での問いかけに、アタシは、わざとらしく肩をすくめて、曖昧に頷いた。
「まあね。少しは。だって、アタシは事務総長だもの」
「……」
ちさは、それ以上、何も言わなかった。ただ、心配そうな目で、アタシを見つめている。
アタシは、再び、暗く深い思考の海に、身を委ねる。
飯山あかり。
彼女の存在は、アタシの心の奥底に、まるで底なし沼のように、深く、重く、沈殿している。
いつか、決着をつけなければならない。
党の未来と矛盾
「恋すれば何でもない距離やけど」
突然、ダミ声とも言える代表の声が、背後から響いた。
「ええゆうてるんちゃうで。事務総長、顔が鬼みたいになっとるで」
隣を見ると、代表が、いつものように、ニヤニヤしながらこちらを見ている。その目は、まるで獲物を狙う蛇のように、ギラギラと光っている。
「なんですか、代表? そんなことより、明日の会議の資料、もう目を通しましたか?」
「いやいや、そんなもん、どうでもええねん。事務総長が難しい顔してるから、SFやで」
代表は、意味不明なことを口走り、ヘラヘラと笑っている。
アタシは、再び、深く、深く、ため息をついた。
この党は、一体どこへ向かっているのだろうか?
そして、アタシは……。
飯山あかり。
こうなること、何となく予測してたわ。特には驚かなかったわね。でも、だからこそ、アタシは、動かなければならない。
0 件のコメント:
コメントを投稿